ピクニック
山合の小さな町に住んでいた頃、幼稚園や小学校もバスで通っていた。集団登校、集団通園だ。
1学年1クラスだから、中学生になるまでずっと同じ顔ぶれだ。元々同じ町内に住むご近所さん同士だから、ほぼみんなが幼馴染みのようなものだった。
同級生は7人、男子3人女子4人がいつもの登校メンバーだった。
「あのさ、今日は歩いて帰ろうぜ」
「ええ?!」
小学二年生だったある日、メンバーのボス的な男の子がそんなことを突然言い出した。
いじめっこ体質なその子に反対する子はいなかった。内心嫌でも従うしかなかった。身体の小さな女の子は不安がっていた。
私達は停留所の4駅分歩くことになった。バスの走る道路を、一列にならんで歩いた。
山間部の道路だったので、曲がりくねった坂道で車の量も少ない。土日はともかく平日は更に少ない。
「何か歌えよ」
ボスからの無茶振りに、仕方なく1人の男子がアニメソングを口ずさんだ。
「お前らも歌え」
皆渋々歌った。
時々通りすぎる車が、私達をオーバーに距離を置いて追い抜いて行く。
「あっ、バスだ!」
振り向くといつも乗る筈のバスがこちらに向かって来るところだった。
「どうする?」
「······」
みんなバスに乗って帰りたいのはやまやま。だけどボスはそんな気は全く無い。
「君達、乗らなくていいの?」
バスの運転手がドアを開いて、気をきかせて聞いて来た。
「はっ、はい、大丈夫です」
去ってゆくバスを恨めしそうに見送った。
下り坂でもカーブがきつい道だったので、みなすぐに疲れて来た。
みんなでやれば怖くない、ひとりではないから大丈夫という気持ちだけが支えだった。
歌を歌う気にはもうなれなかったが、女の子は女の子同士、男の子は男の子同士で普段のおしゃべりをしながら歩いた。
私は好奇心が強く、怖いもの知らず、ルールを破ることにもハードルは低かった。だから結構楽しんでいた。ひとりで歩いて帰れと言われても、多分平気だ。なかなか経験できないことをしているからご機嫌になっていた。
鼻歌を歌ってしまいたくなるほどだ。私にとってはちょっしたピクニック気分だった。
他の女の子達は早く家に帰りたいと辟易していた。歩いて帰ることにした不平不満をぶつくさ言っている。
そんなにイヤなら、はじめから断ればいいのに。途中からバスに乗ることもできたのに、それをしなかったのは自分だ。ボスに直接言えないのも自分なのにね。
自分が言えばいいのにそれをせず、誰かのせいにして文句ばかり言う女の子、八つ当たりする子は好きではなかった。
後から、私はイヤだったのに、○○ちゃんのせいだからねというのは反則だと思う。
そんなの全部自分のせいなのに。
でも今日は男の子達もぶつくさ言っていたから、笑った。
あと1駅になって、みんなホッとした顔をしている。
言い出しっぺの男の子も、疲れているようだ。
ようやくたどり着くと「じゃあまた明日」と普段のように別れた。
私達が自分の家へ戻った後、騒動になっていたらしい。
バス停でのお迎え当番の人が、いつまで経っても子ども達が帰って来ないということで騒然としたらしい。
私達はそれぞれの両親から大目玉を食らった。そしてお迎え当番の人に謝りに行かされた。
みな散々な目にあったという顔をしていたけれど、私はひとり満面の笑みでこう言った。
「でも、私は結構楽しかったよ」
(了)
厳密にはピクニックではなく、ハイキングなのですが、主人公は「ピクニックだ♡」という感覚なので、大目に見てやって下さい。