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胡蝶異聞

人質として嫁いだ先の夫が亡くなり、父のいる実家に再び戻って来た。

父は尾張の織田に私を嫁がせようとしている。私は実娘であっても政治の道具でしかない。

尾張を探らせていた間者から信長の評判を聞いた父は決断した。


私は15歳で、三度目の結婚をすることに躊躇っていた。私の意向や願望は通ることはない。

私には腹違いの妹がいた。同じ歳の妹は私に背格好も顔立ちもよく似ていた。庶子とはいえ道三の娘は他にもいる。だから私でなくても良いのに。

妹は物怖じしない性格で父と気風が似ている。そして忍びの者に育てられた彼女ならば私よりも父の役に立つだろう。私は父のような性格の夫など気が引けるばかりだ。


「嫁ぐのは嫌でございます」

無駄なあがきとは思ったが、初めて父に抗った。

「ならば、胡蝶を代わりに嫁がせよう」

父は私と妹を入れ替わらせて嫁がせることにした。

妹が私の名である帰蝶に、私は妹の名の胡蝶でこれからを生きることになった。

これは父と母、側近しか知らない。帰蝶は通名で本当の名はお葉だ。


妹は嫁ぎ、私は父の居城を出て、忍びの里で隠れて暮らすようになった。

妹が尾張での暮らしに馴染むのを祈った。信長殿とは面識がないのだから、彼女が私ではないなんて気がつかれることもない筈だ。


妹が輿入れして三年ほどが経った頃、信長殿の元へ行くよう父から命じられた。しかも極秘で。

「確かによく似ておるな」

私は信長殿に引き合わされ、妹の影となった。妹は流行り病で亡くなっていた。

信秀様が急逝し信長様が家督を継いだばかりでもあり、まだ斎藤と織田の同盟は双方に必要だったため、妹の死を隠すことにしたのだ。

「そんなに俺を恐れてくれるな。正室の振りをしておれば良いだけじゃ。そなたは子は産まなくていい」

「······承知致しました」

私はまた自分の本当の名で生きることになった。妹が帰蝶としてここでどのように振る舞っていたのか全く知らないため不安で仕方がなかった。

子は成さなくても良い、その言葉通りのお飾りの妻役だった。

ご嫡男様達を産んだ生駒殿の元に足しげく通うのはいたしかたないことなのだろう。妹が嫁ぐ前からの関係だと妹の侍女から聞かされた。

妹の心中はどのようなものだったのだろうか。


親戚の光秀様は私が本物の帰蝶だと目敏く気がついた。

私を時々気にかけて下さるようになって、特に父が兄に倒されてからは、心強く思えた。

父が亡くなっても、任を解かれることなく正妻の代理役は続いていたが、信長様の私への関心は更に遠くなって行った。

「姿形は同じでもお前はあれとは別人だな」という言葉から、妹がそれなりに信長様に気に入られてはいたのだろう。 私の態度や言動に、責めはしなかったが少しがっかりされていたから。

自分の記憶にあった妹のように振る舞おうとしたが、空回りしているように感じたので、無理に妹の真似をするのはやめた。ただ、なるべく物事に動じないように淡々としているように努めた。

「それでよい」

及第点を信長様から得て安堵した。


生駒殿が小牧城に移られ、益々この清須には足が遠のかれた。翌年生駒殿が儚くなった。

信長様の悲嘆は大きく、それを慰めるかのように他の側室の方々を迎え入れた。

信忠様を私の養子に迎えることになったが、その乳母の方まで側室となったようだ。


斎藤を倒し稲葉山城を掌中に入れると改築し岐阜城とした。父亡き後の故郷は以前の故郷ではなかったが、それでも懐かしかった。

私が道三の実娘、帰蝶の姉妹の胡蝶と知って信長様は驚いていた。

「なぜ言わなかったのだ」

どうやら父道三は私の出自を偽って教えていたようで、今まで信長様はそれを信じていたのだ。本当は私が嫁ぐ筈だったことは伏せた。

「御存知だと思っておりましたので」

私は美濃に戻ってから、ようやく信長様の仮初めの妻役ではなく、本当の妻になった。

「胡蝶ではなく、お葉とお呼び下さいませ」

そして私は娘を一人産んだ。


浅井に嫁ぎ、夫を無くされたお市様と姫様方も岐阜にいらした。


私は娘を産んでから体調がすぐれず、それを理由に岐阜城に留まった。

私は安土の地を踏むことなくこの世を去った。お鍋の方様が新しい正室になられるだろう。



光秀様が謀反を起こすとは····。

信長様はどれほどご無念だったことだろう。

苛烈で、でもどこか繊細な私の最初で最後の(夫婦の契りを交わした)夫。最後まで添い遂げることができなくて申し訳なく思う。



光秀殿の親戚だった母方は立場を失い美濃を追われた。私も身内だったために織田家の墓所から外された。娘は養子に出され、明智の縁者というのを隠された。


私の存在は織田家とその家臣らによって意図的に消された。

後世に私についての資料が無いのはそのせいもある。

それは信長様のお身内の心情からすれば、いたしかたないことなのです。


お葉はわかっておりますから、それでよいのです。



(了)

個人的には濃姫は長生きした説を取りたいところですが···。離縁説、早世説等色々ありますが、本能寺で信長と共に果てたというのは後世の創作だと思います。濃姫について今後新しく歴史的な資料が見つかることを願っています。

信長関連の歴史が江戸時代以降の軍記物、歴史小説として創作されたもののイメージに影響され過ぎているように思います。大河ドラマ=史実ではありませんからね。

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