秀子抄
第六天魔王の妹、そのように言われているけれど、私は妹ではなくて従妹だった。
浅井に嫁ぐにあたり、そういうことにされたのだ。名も秀子から市に改めさせられた。
私は初婚ではなく、お互いに愛を育む間も無く急逝した夫の子を孕んだまま、浅井長政の妻になった。
菊子が浅井の血を引いていなくても、夫は受け入れ可愛いがってくれた。それは女児だったからだろう。嫡男は既に前妻が産んでいるからさほど問題はない。男児ならばまた違ったかもしれないが。
菊子は前夫には似ておらず、私の幼少期によく似ていた。菊子を産むとすぐに初を授かった。江を授かった頃には織田と浅井の関係は悪化していた。
女達が嫁いでも、子を成してもなお、家同士が上手く行かないことは虚しいばかりだ。
「お前は生き延びよ」
乳飲み子を抱える私に夫は言った。
江が生まれたばかりではなければ、自分は残っていたかもしれない。本当は夫とともにここで果てたかった。
二度も夫を失うなんて。こんなに自分が愛してしまった人はいなかったのに。
「市よ、子らを頼む」
藤掛某という者に連れ出されて、落城した小谷の城をあとにした。
織田の郷に戻ると胡蝶様が気遣いもてなしてくれた。胡蝶様がお産みになった姫君と姉妹のように過ごす我が子達の姿が慰めになった。
兄上が明智に討たれる日が来ようとは。誠に下剋上の世に生まれたのを憂う。
胡蝶様がまだいらしたらば、明智と通じていたという疑いをかけられてしまっていたかもしれない。
兄上亡きあと、柴田殿に嫁ぐことになった。なぜこうも殿方は争うのか。
兄上の覇道は多くの者に理解されなかったのだろうか。私はお兄様が怖かった。けれど私は羽柴殿の方が恐ろしい。柴田殿に嫁ぐことはその羽柴殿を敵にまわすということだ。
口に出してしまうと本当になってしまうかもしれないから言えないが、天下を取るのは羽柴殿のような気がするのだ。恐らく夫や他の者ではないのだろう。
兄上の成せなかったことを、あの方はやり遂げていくかもしれない。
夫が開戦し、やはりと思った。このようになるのではないかと内心危惧していた。
私は三番目の夫とともに果てるのだ。
羽柴殿に降ることはできない。だが彼に娘達を預け、庇護を求めなければならないのは無念だ。
浅井と織田の血は娘達に託そう。どうか末長く繋いで行けますように。
「お任せを」
見たことのない男が、市の目の前に立った。
彼は最初の夫のようにも、長政殿のようにも見える。そして若き日の兄上のようにすら見える。
「貴方は誰じゃ?」
「菊子を護る者だ」
「菊子を?」
「あの者は、なかなか面白い」
男は微笑したが、その瞳はどこか妖しげだった。
「···なぜに?」
その答えは聞くことはできなかった。
「市殿」
市は最後の夫に名を呼ばれると、我に返った。
振り返ると、もうそこまで炎が迫っていた。
市が視線を戻すと、面妖な男の姿はもうそこにはなかった。
(了)
「菊子の契り」同様、通説とは違うファンタジーです。「胡蝶異聞」もその予定です。




