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3月6日のあの人に

「3月6日のあの人に」

朝目覚めてコーヒーを淹れようと紙フィルターを掴んだ瞬間、そんなフレーズが突然降りて来た。


え?! そんな歌の歌詞とかあったかな?


それとも小説か何かのタイトルとかだった? 聞いたことがあるようなないような·····。

理紗には思い当たる節はなかった。取りあえず支度をして家を出なくては。

通学の電車の中でそれをスマホでググって見てもヒットしない。

3月6日生まれの誰か、家族や友人、先輩後輩にもその誕生日の人は確かいない。あの人とは誰のことなのか。


アーティストなどがアイデアやインスピレーションが降って来るとか降って来たという表現をすることはあるけれど、自分の今朝のこの感覚もまさに「降って来た」というしかない体験だった。それってこういうことを言うのだなと実感した。


大学へ着くと、友人の杏菜に今朝の体験を早速話した。

「いいじゃん、なんかいい、それ」

「そうかな? 意味わからなくてモヤモヤするんだけど」

「それをお題になんか書いて見れば?」

「あたし経済学部だよ、文学部とかじゃないし」

「小説じゃなくても、そのタイトルの絵とか曲とか詩とかを作るのもありでしょ」

杏菜とは中学から一緒で、理紗の音楽的な素養のなさと美術的なセンスの乏しさ、凡庸さも知っている仲だった。

文章を書くのは嫌いではないけれど、特別得意でもない。詩なんて授業の課題で無理矢理書かされた嫌な思い出しかない。


今日は2月22日、3月6日はもうすぐだ。その日に何か起きたりするのかな?

レポートの締め切りでもないし、本当にわからない。

過去の3月6日に何か印象的な出来事ってあったかな?

2年前に失恋したのは別の日だし···、友人や知り合いでその日に亡くなった人もいない。その日が卒業式だったこともない。


身内に3月6日が命日の人がいないか母にメールで確認すると、あんた何やってんのちゃんと勉強してるのと訝しげに返信されてしまった。もちろん身内にそんな命日の人はいなかった。


図書館に行っても何も得られず、有名人の生誕日や命日、今日はなんの日とかを調べてもピンと来るものは全くなかった。

これ以上自分がいくら考えたところで何も出てこない。

しょうがないのでもう気にするのはやめにした。


そのうち3月6日になったが、何も特別なことは起きず、誰かに出会ったとか別れたということもなかった。


理紗は元々クリエイティブな方ではなかったから、何か作品を作ることもなく、いつの間にか3月6日を気にすることもなくなり、何も起きぬまま4年の月日が過ぎ去って行った。


理紗と杏菜は大学を卒業し、社会人2年目になった。「久々にご飯食べに行こうよ」と杏菜から誘われ、待ち合わせの駅で杏菜が来るのを待っていた。


「ごめん、30分くらい遅れる」というメールが来たので、それまで時間を潰そうと駅ビルにある書店へ向かった。


「理紗っ、ねえ理紗、あれ見た?」

「えっ、何?」

やっと来た杏菜は興奮気味に聞いて来た。

「これだよ、これ、前に言ってたでしょ、3月6日のって」

理紗の腕を掴んで杏菜は同じ駅ビル内のCDショップへ引っ張って行った。


店内に貼られたポスターに、男性アーティストの横向きアップ写真に「3月6日のあの人に」というアルバム名が記載されていた。


「······?!」

「理紗ってこの人のファンだっけ?」

「名前も顔も知らないし、1曲も知らないよ」


書店にあった音楽雑誌の中に、その男性アーティストのインタビュー記事を見つけた。

記事を読んで見ると、彼も目覚めの一杯のコーヒーを飲もうとしたらこのタイトルが急に降ってきて、コーヒーを飲むのも忘れて取り憑かれたように夢中で歌詞を書き上げたということだけはわかった。


そこがアーティストと一般人である私との違いだよね、やっぱりプロは違うなと理紗はつくづく思った。

あの日なぜ自分にそのタイトル名が降って来たのかは、永遠に謎だ。


それよりも、あの時から4年後もこうして杏菜と変わらずに親しくできていることの方が理紗には余程価値があり、奇跡なのだ。


取りあえず、このアルバムを買って帰ろうかな。だって今日は3月6日だから。


3月6日のあの人は、今日の私にとっての杏菜。家族よりも、彼氏なんかよりもずっと大切な杏菜。


私の命よりももっと大切な、私の愛しい杏菜。


もう、それでいいじゃない。



(了)

···ロマンシス風味出ていたでしょうか?

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