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まわり道でも

結婚もして、子どもも生まれ、家も建てた。フルタイムの仕事も得て順調だ。


でも何かが足りない気がする。


私って本当は何をするために生まれてきたの?


人生の目的は、結婚して子どもを育てるだけではない筈だ。もっと違う何かがあるような気がしてしょうがない。


その当時は、スピリチュアル本がブームになって来ていて、前世とかヒプノセラピーなんかが流行り出していた。

ソウルメイトとかツインソウルとかも言われて、なんとなくソウルメイトという言葉にときめいた。

人生の目的を探す自分探し、本当の自分を探すとかが話題になっていた。


私にも何か生まれてきた使命とかがあったりするのだろうか?


子育ても一段落したから、習い事をしてもいいわよね。


そこから自分探しの沼にはまった。


多種多様な占いに神社巡り、御朱印集め、開運セラピーとかも習った。

私には人を癒す才能があると教えられて、産業カウンセラーの資格を取った。それ以外の色々なセラピーやヒーリングも学んだ。

数秘術にレイキ、カラーセラピーにアートセラピー、パワーストーン講座、本当にたくさん勉強した。


でもなんだかやっぱりまだ足りない気がするの。


「何でそこまで沢山やるの」とか、「こんなに一杯やってますけど、本当は何をやりたいんですか?」なんて、まわりからは驚かれているか、やり過ぎで呆れられてしまっているみたい。


「私はとにかく色々学ぶことが好きなんです」

私は嘘は言っていない、だって本当に楽しいから。


私は一旦興味を待つと、とことんやる癖がある。私のお給料からスクール代やワークショップ参加費用は全部出していた。


子ども達もみな社会人になり、経済的にも楽になって余裕ができた。やりたいことは全部試した。夫もやってもいいよって理解して協力してくれた。


他者からみたら、私は随分恵まれている人なのかもしれないけれど、口で言うほどにはその実感も感謝もなかったのかも。


それでも自分なりに益々充実した日々を送っていたら、夫が転勤になった。

夫についていくか迷ったけれど、単身赴任にしてもらった。

ちょっと夫と離れてみるのも、新鮮でいいかもなんて思ったの。


そのうち娘が結婚して孫が生まれた。本当に孫って可愛いものなのね。

幸せが増えてとてもいい気分だった。


私は友人とペアを組んでカウンセラーとして開業した。

自分のやりたいことを出来て本当に幸せだ。


私は人の役に立ちたいし、人を癒すことができたらいいな。

開業と同時にインスタとブログもはじめた。反応は上々だ。


何もかも順調に思えていた時、下の娘が交通事故で亡くなってしまった。

夫はショックで鬱になってしまった。

娘の死は家族中を拭えない悲しみに突き落とした。


私も苦しくて仕方がない。どうしたらこの喪失感を埋めることができるのだろうか?


今まで散々癒しだのをやって来たのに、何も役に立たない。

そんなのでは全く癒やされない。


この人なら助けてくれるのではないかという人には、なぜか冷たくされてしまった。


娘の葬儀にも来てもらえなかった。


以前娘が一時期鬱になった時も、その人は至極妥当な助け舟を出してくれたのに、それを私が受け入れなかったからだろうか?

せっかくアドバイスを受けていたのに、手を打たずに先延ばしにしたせいで、娘は自殺未遂をしてしまった。


「あなたはカウンセラーなんですよね?」とその人にはかなりキツいことを言われて傷ついた。


「私の人生の目的は、家族を守ること」


それを自分がすっかり忘れてしまっていた。


今度こそ自分が絶対に守るって、みんなに高らかに宣言していたのに。


私は前世で子どもを亡くしていた。敵から守り切れずに死なせてしまっていたのだ。

その子どものうちの1人が、今回亡くなった娘だ。


私はまた守れずに死なせてしまった。


「それはあなたのせいではない」

「前世とかはあまり気にしない方がいいよ」

「自分を追い詰めちゃダメだよ」


みんな気にかけて慰めてくれるけれど、私の心は癒えなかった。


私は大切な人を亡くした喪失感を癒すセラピーを見つけた。


私が本当にやりたかったのはこれかもしれない。


私はやっと気がついたのだ。若い頃に母を亡くした喪失感をずっと引きずっていたことに。

父は非常に厳しい人で、自分に従わない者を許さなかった。そんな父への接し方に母も苦労していた。暴力は振るわなかったけれど、家族は父の顔色を気にしていつもびくびくしていた。

でも精一杯母は盾になり子ども達を守ってくれていた。その母が亡くなってからは、私はずっと鬱状態だったことに、今ようやく気がついた。


父が亡くなっても、涙は全く出なかった。やっとこれで自由になれる、そう思った。

親が死んだのに悲しくない私はどうかしているのだろうか?

私は自分のことがわからなくなった。それで余計に鬱的な状態になっていたのかもしれない。


私が真っ先に癒やさないとならなかったのは自分の心だった。


何かが足りないとか、いくら学んでも満足できなかったのは、自分の喪失感から目を背けていたから。


栓が抜けた容器にいくら水を注いでも満たされないのは当然だ。

心に大きな穴が開いていたのだから。


私は自分と家族を癒すことに集中した。

でも私はそれが上手くできなかった。自分の傷を放置し過ぎて来たことで、自分の心の修復に時間とエネルギーを取られ過ぎて、夫や息子達まで手がまわらなかった。


夫は愛人を作って、その人に心を癒し、心の穴を埋めてもらうことにしたようだ。

まだ離婚はしていないけれど、家には全く帰って来なくなった。


····ああ、私は今まで何をやって来たのだろう。


積み上げて来た筈のものが、いちどきに崩れてゆく。


泣きっ面に蜂、どん底、負のスパイラルとはこういうことを言うのだろうか。


守りたくなかったわけじゃない、壊すつもりなんて更々なかった。

だけど、もうどうすることもできない。


夢を叶えるとか引き寄せとかのキラキラした部分にばかり目を奪われて、自分の足元を、自分自身を全然見ていなかった。


私が精神的に弱っているのを知って、すり寄ってくる嫌な人もいた。

味方のふり、友人のふりをして、不幸な私を見て優越感に浸るような人も、スピリチュアル仲間にすらいるのだ。

そういう人は、本当に私の心を助けるようなこと、本当に立ち直るのに必要なことは言ってはくれないものだ。

以前に厳しいことを言って私を傷つけたあの人は、言い方はともかく、私に向けられたその内容自体は悔しいけれど間違っていなかった。その人の方がまだマシなのかもしれない。

いつも綺麗事とか調子のいいことばかり言って、表面上は甘い言葉で私の目を背けさせ、怠惰に向かうように誘導しようとする、そんな人は魑魅魍魎のようだ。


私は今まで一人になるのがとにかく怖かった。


誰も自分のことを顧みてはくれないという状況を過度に怖れていた。


だから、上手くいっていない関係や、それほど仲が良くない人、性質の良くない相手と無理して付き合うことをやめられなかった。

本当にまともで親切なのは誰なのかを見抜けなかった。


でも今は、一人になって自分のことをとことん癒やしたい。

一人になってやり直したい。


誰かが傍にいてくれないと自分はダメなんだというのは、私の勝手な思い込みだった。


やってもみずに、試しもせずにそう決めつけていた。


一人になってそれがよくわかった。


一人にならないとわからないこともある。


私はもう一人を怖れない。


夫とは二年ほど別居状態が続いたが、離婚の意志があるか確認すると、離婚したくはないと言う。

「お前には悪かったと思っている。でも弱っているお前には頼れなくて、俺も限界だったんだ。言い訳でしかないけど」

愛人に癒してもらうよりも、カウンセラーやセラピストを頼ってくれたら良かったのに····

あはは···、私がカウンセラーだったのにねと苦笑した。

私が無理な時は、家族には別のカウンセラーを手配すれば良かったのだ。あの時は自分のことばかりに夢中でそこまで気がまわらなかった。


夫の浮気は、藁をも掴む、溺れそうな時に投げ込まれた浮き輪にしがみつくようなものだったのかもしれない。

だからといってすぐに許せるというものではないけれど。


時間をおけば、復縁できるのだろうか? それはまだわからない。


でもほんの少しだけ、明るい兆しがそこにはあった。


一度に全部を癒すのは大変なことだ。そしてそれは難しい。

喪った人が戻ってくるわけではないけれど、少しずつ癒しながら、その人がもういないことを受け入れてゆくしかないのだろう。


母の死をようやく私は受け入れてゆくことができそうだ。


自分の心が癒やされたら、カウンセラーとかセラピストになるのは、もうやる気が全く失せてしまった。


気の迷いとかではなくて、スピリチュアルの沼にはまったのは、私は私の心を癒したかっただけだったのかもしれない。


随分長いまわり道をしちゃったなあ。それにかなりの浪費をしてしまった。


高級車が買えたかも···いや、小さな家が建つかも?!


うわあ、ひええ····、自分でも引く。


実に高い勉強料だったな。


それでもまだ気がつかないよりはマシだ。


気がつかないまま暴走していたらと思うと怖い。


そうやって私は長い長いトンネルを抜け出たのだ。

今度は自分にも家族にもちゃんと寄り添って行こう。



(了)

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