君はいるだけでいい
「君って癒し系だね」
オーロールはそんなことを人生ではじめて人に言われた。
もうすぐ二十歳になる私は、幼い頃に両親を亡くしてから叔父夫婦に育てられた。
「家名を瀆さないように、品行方正に、そしてなるべく早く良い嫁ぎ先へ嫁いでおくれ」
とは直接言葉に出して言われてはいないけれど、まあそういうことだ。
見目も普通で、特殊な才能があるわけでもない男爵家令嬢の私にも求婚者が現れた。
「君は傍にいてくれるだけでいいんだ」
そんな条件で妻に望まれているのはなぜなのか気になった。
自分の伴侶にしたい相手への甘い言葉のようには、オーロールにはどうしても思えなかったからだ。
「本当に何もしなくても良いのですか?」
「ああ、もちろんだよ」
名門伯爵家ドュトワの嫡男は明朗に答えた。
「ジルベール様がよろしければ、謹んでお受け致します」
見目も麗しく悪い評判も聞かない、断る理由を見つける方が難しい良家の殿方の求婚を受けない方がおかしいのかもしれない。
案の定、叔父夫婦はもろ手を上げて喜んだ。
オーロールは、「何もしない」という言葉が妙に引っかかっていた。気になるとなかなかそこから抜け出せなくなる性分だ。
金色の髪と青緑色の瞳は父譲りで、叔父にも似ているのため本当の親子に見える。義弟よりもオーロールの方が似ているのを叔母には不快がられていた。
それについても直接何かを言われたわけではないけれど、その態度や視線がそう言っているからだ。
叔父も叔母も肝心なことや本音は言わないで、常に「察しなさい」という在り方なのだ。それで、子どもの頃から常に言われなくてもわかるようになった。
誰に対してもそうかもしれない。
色々な人から「あなたといると楽だわ」と言われることが多いのはそのせいかもしれない。
ジルベール様の「君はいてくれるだけでいい」「君といると癒やされる」というのもそれが関係しているのだろうか?
「何もしなくてもいい」という言葉に、自分の自由を奪われ縛りつけられるように感じるのは、自分が癒し目的の置物のような扱いをされるような気がするからだろうか?
オーロールは大抵の人は視線や態度、言葉尻などから今何を考えているのかを察することはできたが、ジルベールだけが実のところ何を考えているのかよくわからない。
それで何となく不安になっているのかもしれない。
「オーロール様、お待ちしておりました」
予定どおりデュトワ伯爵家へ嫁いだ。伯爵家の人々はみな気さくな笑みを浮かべてオーロールを迎えてくれた。
驚いたのはドュトワ家の人々は昼夜逆転した生活を送っていることだった。
そういえば、ジルベール様と知り合ったのも夜会で、求婚されたのもの夜だった。両家の顔合わせも、嫁いだのも夕方で、すぐに晩餐がはじまった。
そしてジルベールの、君はいてくれるだけでいいというのは、癒しの置物や護符扱いではなくて、その言葉そのままの意味だった。
オーロールはジルベールの妻で、伯爵家の嫁なのは事実だ。
輝く長い銀髪に白い肌、永遠に見つめていたいと思わせる魅惑的な紫水晶のような瞳を持つ夫は、オーロールを抱き寄せるとその首筋に牙を立てた。
身体は痺れたが、痛みはなかった。
自分が死なない程度に血を与える、夫専用の半永久的な餌、食料がオーロールなのだ。
ジルベールの、君は傍にいてくれるだけでいいというのは、そういうことだった。
夫からの愛の囁きと共に贄になることを繰り返す日々は、オーロールの思考を鈍らせ、これが夢なのか現実なのか判別がつかなくなっている。
今が朝なのか夜なのかさえはっきりとしない。
「ずっと傍にいてくれるよね?」
ジルベールからは乳香の香りが漂っている。それで彼だと辛うじて認識したオーロールは朦朧としながら小さく頷いた。
(了)