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最後ぐらいは

今から10日前、「地球はこれから10日後に滅びます」という緊急放送が突然流れた後に、電波は途絶え、電気もガスも水道も止まってしまった。


核戦争なのか、地球規模の天災なのか、未知のパンデミックなのか、滅びる原因がなんなのかすらわからないまま3日が過ぎた。


家の外には出る気が全くせずに、冷蔵庫の中の残り物と、買い置きと備蓄してあった食品と水で飢えをしのいでいる。

自分一人なら余裕で10日以上はもつ。


──本当に地球が滅びるのだろうか?


外で何が起きているのかを知りたい気持ちはあったが、それ以上に怖くて外に出ることができなかった。


カーテン越しに外を覗いても、歩いている人をほぼ見かけない。

誰かの断末魔の声や阿鼻叫喚も聞こえない。


冗談みたいに静かだ。


窓ガラスが割られるような音が遠くでした。家や車、自動販売機を破壊する暴徒が現れたようで、身を守らなければならなくなった。

近くのスーパーやコンビニは略奪の限りを尽くされているようだ。

車やバイクで乗り付けて、強奪して去ってゆくのが見えた。


なんという人間の浅ましさ、醜悪さか。


最後ぐらい、どうしておとなしくできないの?!


最後ぐらい、迷惑かけるなよ!


そんなだから滅びるんじゃないの?



髪は短く切って、ボーイッシュな服を身につけ、一見男に見えるようにした。

発狂した人達に何をされるかわからないから、益々外には出られない。


二階の角部屋に住んでいるけれど、隣の住人の気配は無い。上の階も下の階の人達もひっそりとしている。


部屋は無人を装い、水と食糧は奪われないように隠した。 後一週間で世界が滅ぶとしても、それでも本能的にそう動いてしまう。


踏み込まれた場合を想定して、押し入れの中で寝ることにした。

リュックに二三日分の食料と着替えを詰め込んで、いつでも逃げられるようにしてある。


朝、押し入れの中で目覚め、何事もなく起きられたことに安堵した。


実家から出て三年目、両親と祖母は無事だろうか?

上京している兄はどうしているだろう······。


電話もメールもできないから、お互いの状況を知ることさえできない。

友人や同僚はどうしているのか、全く想像がつかない。


伝言ダイヤルも防災無線も、うんともすんとも何も反応しない。


こんなことならば、もっと親孝行をしておけば良かった。

友人とももっと色んな話をしておけば良かった。


彼氏は今まで一人もいなかったから、どうでもいいけど。

思い出に残る恋のひとつでもしておけば良かったなんて今更思わない。



残り2日と迫り、外は閑散としてゴーストタウンのようだ。


これから何か大きなことが起きるのだろうか?


死ぬってどんな感じなのだろう?


そういえば、人がいなくなっているのに、遺体は見かけない。

遺体も残らずに消えてしまうってことなのかな?



その時、ベランダ側の窓が割られて、見知らぬ男が入って来た。


私は猛烈な怒りに襲われた。


「最後ぐらいまともになれよ!」


私は腹の底から声を絞り出した。


「ハッ、最後だからやりたい放題でいいじゃねえか。最後ぐらい俺の好きにさせろよ」


無精髭の中年の男は野蛮な笑みを浮かべたが、私に近寄ろうと一歩踏み込むと、その場で蒸発してしまった。


それは一瞬だった。


白い湯気が立ったと思ったら、そこには誰もいなかった。


叫ぶ間もなく消え去った。


───これが、死?


今地球を滅亡に向かわせているのは、このような死なのだろうか。

遺体すら遺さずに消滅する。


これは何のために?


人間がいらないと地球が判断したからなのかな?


地球にとってお荷物な人間の洗浄?浄化なの?



私ももうすぐそうやって消えるのね。


あんなにほんの一瞬で消えてしまうものなのだ。


不思議と怖くはなかった。



私は窓を開け放ち、部屋の空気を入れ換えた。


ベランダの植物に水やりをした。この植物達は、私がいなくなっても生き残れるのだろうか?


なるべく雨水がかかるようにプランターの位置をずらした。


「······あ、生きてたんですね?静かだったから、もういないのかなって」


振り向くと、隣の部屋の住人がベランダでタバコを吸っていた。


髭は綺麗に剃っていて、いつも見かけるように身綺麗にしていた。

この人はなんとなく大丈夫そうだと思えた。


「あの、私も1本いただいてもいいですか?」

「タバコ、吸うんですか?」

「いえ、はじめてです」


もう最後だから、最後ぐらいタバコを吸って見ようかなんて思ったのだ。


でも私は彼がタバコに火をつけてくれたものを受け取ることはできなかった。


私は彼の前で消えてしまったからだ。



さようなら、お隣さん。


さようなら私の人生。


こんな最後になるとは思っても見なかった。



眩い光に包まれると、子どもの頃に亡くなった曾祖母が、私を迎えに来たようだ。


他の人達も迎えに来た人と一緒に天に昇るのが見えた。


「私って、天国に行けるの?」

「当たり前ですよ」


曾祖母は呆れたように言ったので、私はなんだか可笑しくてふふふと笑った。


「父や母も待っていますか?」

「もちろんですよ」


なぜ地球が滅びたのかは、まだわからない。


でも今は、家族との再会を心待ちにしていた。



(了)

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