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殿下を守護してよろしいですか?

ルキアーノ帝国の皇太子殿下は極度の睡眠障害に悩まされていた。

国内外の医師や治癒師、魔導師、神官や祈祷師でもそれは治せなかった。

そこで隣国の神殿から極めて能力の高い聖女が派遣されることになった。


「ヴィットーリオ皇太子殿下、お初にお目にかかります。ダニエラと申します」


蜂蜜色の髪に若草色の瞳のまだ幼さ残る十五歳の聖女が、淡い灰色の簡素なドレスに白いケープを纏ってそこにいた。


「ふむ、目にも爽やかな······」


皇太子は痩せこけた頬を僅かに緩め、くっきりと隈のできた蒼い双眸を伏せてそのまま寝息を立てはじめた。


「ヴィットーリオ様?」

「ま、まさか殿下がお眠りに?!」


挨拶も半ばに瞬時に寝落ちした皇太子に周囲はどよめいた。


侍従達が慎重に寝台へ皇太子を運んだ。




「エラ、私の眠りの天使よ」


皇太子はダニエラをすっかり気に入り、私の側室にならないかと問う途中で毎度力尽き、寝落ちを繰り返した。

蒼白だった顔色は健康な輝きを取り戻しつつある。

神経質で病的な印象を与えていた銀髪も生来の整った彼の造形を際立たせるようになった。



あまりの効果覿面さに、聖女ではなくて魔女なのではないかという噂が立ちはじめていることにダニエラは気がついていた。


帝国の神官よりダニエラの功績を称え神聖力回復用の特別なポーションを贈呈された。

その場で直ぐに飲むように勧められたため断ることができなかった。


飲んだ瞬間、血が逆流するような衝撃を受けた。


(こ、これは······毒?)


皇太子殿下を救った聖女にこの扱いとはと、ダニエラは憤りを通り越して失望した。


今夜もこれから殿下の眠りのサポートをしなくてはならないのに、私がいなくなったら殿下はどうなるのだろう?


自身に治癒魔法をかけて、なんとか平静を装い殿下の寝室へ向かった。


「エラ、顔色が良くないみたいだが」

「大丈夫です、ご心配には及びません。どうか今宵も善き眠りを」

「そうかい?ではおやす·····」


いつものように殿下は深い眠りの世界へ旅立った。



***


「ぷはぁっ!」


息苦しさで目を覚ますと、ダニエラは殿下の枕部に立っていた。

自分がいた筈の場所には、着衣だけが残っていた。


(どういうこと!?)


わ、私、呼吸していない?


脈も止まっているわ!


それに私今真っ裸よ!!!



その時ノックがして、殿下を起こしにメイドがやって来た。


「ぎゃあああ!ひぃぃ······!」


メイドは腰を抜かしたようで、恐怖に引きつりながらダニエラの方を指差している。


ダニエラは、ふと鏡面に映る自分の姿をみやった。


(ごっ、ごめんなさい、これは流石に引くわよね······)


ダニエラは唇から血を垂らし白目を向いていたのだ。


(これ、どうすれば直せるのかしら?)


何度か試して見たが調整が難しく、三白眼で睨むような角度にしかできなかった。


メイドは気を失ってしまっていた。



(ああ、殿下が目覚めてしまうわ、どうしましょう)


「······エラ?ダニエラ、どこだ?」


殿下は私の脱け殻となった着衣を見て困惑している。


「殿下、事情がありまして、ダニエラ様は昨夜急遽ご帰国されました」


側近のデジデリオ卿が慌てて寝室にやって来た。


殿下が身体を起こしたベッドの背後にダニエラは立ったが、デジデリオには見えていないようだった。


(見える人と、そうではない人がいるのね······)


デジデリオが倒れているメイドを助け起こすと、メイドは「ダ、ダニエラ様がっ······!」と恐る恐るダニエラを指し示した。


ダニエラはお願い黙っていてというジェスチャーをした。


殿下は振り返ったが、私には気がつかなかった。


「·····い、いえ、何でもございません、失礼致します」


顔面蒼白なメイドは後退りするように部屋を去って行った。



殿下はカーテンを開け放した部屋に呆然と一人立ち竦んでいる。


「エラ······、なぜ私に別れも告げずに······」


ヴィットーリオは、ダニエラの残された着衣を懐にかき抱いた。


(で、殿下お願いです、私の服を吸うのはお止めになって······!)


「エラ······」


スーハーしている殿下の様子にダニエラはいたたまれなくなった。



「殿下······」

「エ、エラ!?どこだ?」

「驚かないで下さい、殿下の背後に今私は立っております」


必死に目を凝らしても、ヴィットーリオにはダニエラが見えなかった。


「私の声は聞こえておりますのね?」

「······ああ、聞こえる。これはどういうことなのだ?」

「私は昨夜亡くなったのでございます」

「なぜ?何があったのだ!」

「毒を盛られました」

「だ、誰にだ?!」


神官にと伝えると殿下は「まさか!」と信じられないようだった。

黒幕は別にいるのかもしれない。


「犯人をつきとめても、私はもう生き返ることはできません。そこで殿下にご提案がございます」

「······何だ?」

「私に殿下の守護をさせて頂けませんか?」

「守護?」

「はい。眠れない時は眠りのサポートを今まで通りさせていただき、それ以外の身辺警護及び諜報活動のお手伝いをこの見えない姿を活かしてさせていただきたいのです」

「そなたは······どうしてそんなにも私を?」

「私はまだまだ働きたいのです。聖女の任期もまだ数年残っておりますから」


ダニエラは任期を終えたら幼馴染みの元に嫁ぐ予定でいた。だが、それも叶わなくなった今、この皇太子殿下を可能な限り助けたいと思ったのだ。


自分を殺したということは、殿下の眠りを妨げたい勢力がいるということだからだ。


「わかった、よろしく頼む」

「はい、お任せください」



健康が完全に回復した皇太子は、政敵を退けて皇帝の玉座に就いた。


彼は帝国史上稀に見る賢帝となった。


皇帝ヴィットーリオには「マードレ(修道女)」という側近がいたと伝わっている。だが誰も彼女の姿を見た者はいなかった。



(了)

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