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サイレントルーツ2⑦完結

「婚約者?そんなの聞いてないぞ」

「それは誰から聞いたのですか?」

「っ······」

「今後ご用の際は、弁護士を立ててお願いします。こちらも既に用意しておりますので」


大原君はそう言い終わると素早くドアを開け男の写真を携帯で撮った。

黒淵メガネに目深に被った帽子の男は、怯んで走り去って行った。


「警察に通報しておくよ。これは詐欺の類いだな」

「親族を騙るなんて酷い!」

「ああ、それが最も判断力を鈍らせるからね」

「誰が私の個人情報を漏らすのかしら?」


一人暮らしは詐欺や犯罪のターゲットにされやすい。養女になんてことまでを詐欺に利用するなんて、あまりに悔しくて思わず涙が出た。

普段はこの程度では泣きはしないけれど、お酒のせいで涙腺が脆くなっているのかもしれない。


「大丈夫?」

「あっ、ごめんなさい。大原君を励まそうとしてたのに、私が慰められたら意味がないわ」

「······俺を励ます?」


······やってしまった。私はあっさりと白状した。


「あのおばさんはまったく余計なことを!」

「でも、とても良い先生だわ」

「それはそうなんだけどさ······」


大原君は、渋々と両親の別居の真相と自分が家を出た経緯を語りだした。


「私も同じ状況に置かれたら同じように怒ると思うし、お母さんを許せないってなるわ。でも、お母さんが傷ついたのは本当なのかもしれない。人によって心の傷が癒える時間は違うから、癒えるのに物凄く時間がかかる人もいるのよ。お母さんもそこだけは嘘ではないのかも」


多分私も、時間がかかるタイプね。


「······そう···なのかな」

「あとね、お母さんはお父さんからの謝罪の言葉よりも、愛しているとか、君だけだとか、俺にはお前が必要なんだというような言葉を聞きたかったのかもしれない。女の人は大抵はそうなのかも。でも私達の親の世代はそういうのはあまり言わないというか言えない人も多いよね。私の父だってそんなの母には言っていないんじゃないかと思う」

「······ははははっ、確かにそうだな。ああ、言わなそうだ、俺の父も」

「言わない、言えないんだけど、頼む察してくれ~みたいな」

「はははっ、まさにそれだな。うちは両親が二人ともそうだったんだよ。どちらかがちゃんと言っていたら、こんなに拗れなかったかもな」

「特に日本人は、言わなくても気がついてくれとか、空気読んでくれを相手に求めるものね」

「······話を聞いてくれてありがとう。だいぶ楽になった」

「それなら、良かった」


気の良いワンコが元気になって私も嬉しい。完全に大原君がワンコに見えてしまって困る。


父が母に、君だけを愛しているとかを言っているシーンなんて想像できない。

若い頃とかプロポーズの時や結婚したてならば言っていたのかもしれないけど。

いくら恥ずかしくても、ここぞという時にちゃんと言わないと、本心は伝わらない。

その伝える作業を怠ると、場合によっては相手の心や関係が冷めてしまうこともあるのよね。


でも、愛しているという言葉を直接使わない表現や態度から愛を読み取るのが恋愛や人間関係の醍醐味、日本的な精神文化のような気もするわ。

言わなくてもわかる、言わなくても通じ合うのって素敵だもの。


言わなくても察することができる人の方が満たされることが多いとか、より幸せを感じられるのかもしれない。


大原君のご両親は互いに相手からその想いを告げる言葉を待っていたのかも。だから長い間離婚届けは出さなかったのでは。

そう思うと二人のすれ違ってしまった両片想いの関係がとても切ない。


時を戻せたなら、どんなに良かっただろうか。

でも、いくら時を戻せても、想いを伝えることをしないと何にもならない。


想うだけでなくて、言葉に出して伝えないと届かないこともあるのだ。



「料理がすっかり冷めてしまってごめんなさい。温め直すね。まだ飲みはこれからでしょ

?よしっ!」


私は皿を持って席を立った。


「ははっ、急に思い出したようにテンションが上がるの、面白いね」

「ええっ?」

「深瀬さんの色んな面を見れて良かったよ」

「そ、そう?じゃあ、改めてカンパ~イ!」

「ブハッ。いいね。乾杯!」


なんだか楽しそうだから、これで良かったのだろう。


「大原君て、あまりお酒に酔わないの?」


全然顔が赤くなっていない。


「いや、今日は特別だから。これでも緊張しているんだよ」

「どうして?」

「好きな相手の家に初めて招かれたらそうなるでしょ?しかもお互いにもう大人だしね」


んん?これは聞き間違い?

······今、好きな相手とか言わなかった?

昔好きだったという過去形じゃなくて?


「······そ、そうでした、私達は大人だったのね。なんだか中学生の気分に戻ってしまったみたいで、すっかり忘れてた」


大原君は笑いを堪えていた。


「大丈夫、俺は酔っている人は襲わないよ」

「よ、酔って無かったら襲うの?!」


大原君にしては過激な発言過ぎる······!

本当に彼は酔っていないの?


「 冗談、冗談、少しは酔ったかも」

「あはは、びっくりした······」

「ねえ、あれをちょっと見せてもらっていいかな?」


大原君が指差したのは、兄のオールドタイプのオーディオセットだ。レコードも聴けるので、コレクションしていたレコードも沢山あった。

70年代とかの古い音楽を聴くのが兄の趣味だった。


「さっきから気になってたんだ」

「古いですけどどうぞ。それは兄のもので、どうしても捨てられなくて」


四人で暮らしていたリビングは、私一人だと広く感じる。家族が亡くなってからは、自分の部屋よりもこのリビングで寝る直前まで過ごすことの方が多くなった。

テレビをつけなくても、音だけ流していたら少しは寂しさも紛れるかもと、兄の部屋から持って来て置いていたのだ。

料理する時や、読書をしたりぼーっとしたい時などはよく聴いていた。

スピーカーから聴こえる音に温もりを感じるから。私はレコードの音が好きだ。


「聴いてもいいかな?」

「どうぞ、好きなのをかけて」


私はその間にもう一二品作ることにした。


そう言えばこの家に人を招いたのはいつぶりだろう。

学生時代の友人を招いたのは数年前だ。それぐらいぶりだったかもしれない。

友人や同僚とは外で食べたり飲んで別れることの方が多いから。


出来上がった料理を盛り付けて、テーブルに並べた。


大原君は、ソファで穏やかな寝息を立てていた。

ブランケットを掛けても起きそうになかった。


オーディオの音量を下げ、今かけているのは何の曲だろうとふとジャケットを見てみた。


『サイレントルーツの園』というタイトルのアルバムだった。

兄のコレクションにこんなレコードがあったなんて今まで知らなかった。


── サイレントルーツ、それはあの島で私に降って来た言葉だ。


私はそのアルバムを聴きながら、一人で料理を頬張った。

出来映えは悪くない。


こんな夜をずっと一緒に過ごせる誰かが欲しい。

それが今机を挟んだ向こうに眠る善良なワンコさんならいいのにと、いつの間にか願いはじめていた。


(了)

サイレントルーツ2はこれで完結です。『サイレントルーツの園』は架空のアルバムです。


シリーズを最後までお読み下さってありがとうございました。

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