サイレントルーツ2⑥
「養女?」
「はい。先方はそう望んでいるようなのです」
私は長島弁護士に挨拶をしがてら、新たな相談をさせてもらうことにした。
島から戻った直後、母方の遠縁の叔父を名乗る人物から手紙が届き、家族のいない私を養女として引き取ってもいいという内容だった。
一度も会ったことの無い親戚にそんなことを言われて驚き戸惑った。
「深瀬さんは結婚はまだしないの?」
「······いつかはしたいとは思っていますが、まず相手を見つけないと。それ以前に仕事を見つけないとなので」
「島暮らしで何か心境の変化があったのかしら?」
「えっ?」
「なんとなく無駄な力みが無くなったような気がするのよね」
長島先生は人をよく観察しているなあと感心した。それは職業柄なのだとしても。
「······そうでしょうか?」
「以前は手負いの野良猫みたいだったから」
「ええっ?」
「外見じゃなくて、中身がね」
私はなんだか恥ずかしくなった。すっかり見透かされていたのだろう。
「家族を失ったことから、ある程度癒えたのかもしれません。家族が欲しいって最近は思えるようになったんです」
「怪我の功名かしらね?」
「はい。多分」
確かに、以前よりも素直に反応したり、受け入れることができるようになって来ているのかもしれない。
「もしその方と会う時は同席しましょうか?」
「はい、その時はよろしくお願い致します」
家族がおらず親戚とも疎遠だと、なかなか頼れる人がいない。でも信頼できる他者、長島弁護士のような存在がいてくれるのは心強い。
家族の問題に友人を頼るのは気が引ける。こんな時は専門家を頼る方がいいのかもしれない。
「大原君とは連絡は取っているの?」
「いえ、仕事が決まったら連絡しようと思っています」
「そう。彼も最近色々あったみたいでね。もし良ければ慰めてあげてくれないかしら」
「仁菜さんと別れたこと以外にも、まだ何かあったのですか?」
「別居していたお父さんが亡くなったみたいでね。詳しいことは知らないけれどお母さんとバチバチやり合ったみたいね。まあこれは弁護士としてではなくて、単なる近所のお節介婆としてのお願いよ。傷ついた家出青年をどうかよろしく」
「······家出?!」
***
「······本当にいいの?」
「うちなら時間を気にしなくていいですから」
私は大原君にメールで一緒に飲みませんかというお誘いをした。
私の自宅で家飲みしませんかと提案したのだ。
手負いの野良猫ならぬ、しょげた犬みたいな風情の大原君にほんの少し笑ってしまった。
「傷ついた家出青年」と言った長島先生は本当にうまいことを言うなあと。
大原君はお菓子とお酒を持参しやって来たた。仁菜さんとはやっぱり違うわね。
自分が今ヘロヘロなのに、ちゃんと気配りできる、流石はワンコ系の人。
「お仕事お疲れ様です。プライベートもお疲れ様!取り敢えず乾杯~!」
互いのグラスを鳴らした。
「······深瀬さんて、いつもこんなノリなの?」
「えっ?ううん、今日は特別です」
「何で?」
「う、うーん、何でかなぁ·····、なんでだろう?」
咄嗟に言い訳が浮かばず、慌てて取り繕おうとした私を見て、大原君はプッと笑った。
「一緒に飲むのは初めてだね」
「同窓会にも行かなかったし、本当に初めてね」
遠縁の親戚から養女にならないかと言われていると話すと、「えっ、今更?そういうのは、もっと早く言ってくれでしょ?」と怒った。
「長島先生は、叔父自身が老いてきたから、将来的に私に介護させようという魂胆かもって言っていたわ」
「ああ、それはあるかもな」
損得勘定で言って来たのならば、悲しい。
「家族がいるのって、いいのか悪いのか······」
「その家族にもよる」
「そうね。やっぱり養女になるのはよそうかな。よく知らない叔父さんと一緒に暮らすなんて嫌だし」
「同居を求めて来てるの?」
「そうなの。急がないとは言っているけど」
その時インターフォンが鳴った。
「はい、どちら様でしょうか?」
「先日お手紙を差し上げた松崎です」
「······え?!」
なぜ突然訪ねて来るのか?
先触れもなく、しかも日中ではなくて、夕方になってから来るのは非常識ではないのか。
そうでなくても私が女で一人暮らしなのは知っている筈だ。
心地よい酔いが一気に醒めた。
「申し訳ありませんが、本日は先客がおりますので、日を改めてはいただけませんか?」
「家族なんだから、構わないだろう?」
「お客様には失礼ですから」
この不快な距離感と馴れ馴れしさは、私が最も嫌悪するものだ。
私の様子を心配して大原君が近寄って来た。
「誰?」
「養女に欲しいと言って来た人です」
「今日来ることになっていたの?」
「いいえ、向こうが勝手に来たんです」
「招いてもいないのに、いきなり夜に訪ねて来るなんてまともじゃない。厄介そうな奴だから俺が出ようか?」
大原君もすっかり酔いが醒めてしまったようだ。
「どのようなご用件でしょうか?」
「·····っええ、先日の話を詰めようと思いまして」
家の中に男がいるとは思わなかったのか、松崎は急に慌て出した。
「養女の件でしたら、お断り致します」
「何っ?あんたは誰なんだ?」
男は急に口調が荒くなった。
「まどかさんの婚約者です」




