サイレントルーツ2③節子
大原輝之の母親である節子目線です。
女子大を卒業して三年目、同級生達がポツポツと結婚の報告をしはじめた。
私はというと、お見合い相手と別れたばかり。
「貴女にはもっとふさわしい人がいますよ」という、相手からの辞退だ。
私自身はそんなに結婚を焦ってはいなかったが、母が娘の結婚を年内になんとか決めさせようと息巻いている。
女性の結婚適齢期は二十四、五歳、クリスマスケーキに例えられるような時代だった。
クリスマスを過ぎたら、売れ残りというわけだ。
私は四月生まれだから、同級生の中でもいち早く一つ歳を取る。それは毎年のことだけれど、早くしないと二十六になってしまうじゃないのとせっつく母に、まだ猶予のある三月生まれの友人が羨ましく思えてしまう今日この頃。
花嫁修行のため、勤めていた会社を退職させられた私は、結婚一色に塗り固められていく日々に不満たらたらでいた。
「節子ちゃん、君に会わせたい部下がいるんだが、どうかな?」
そんな時、伯父が専務を勤める会社の部下に引き合わされた。
宮本健司という四歳上の爽やかな印象の彼に私は一目惚れをした。
伯父が推すぐらいだから、部下として優秀で将来性もある堅実な優良物件だ。身上調査をしても問題はなかった。
母子家庭で育ったというのは今時マイナスにはならない。 母子家庭で育った男性は女性を大切にする優しい人が多いと聞いたこともあるから、本当にそうであるなら、なおのこと良い。
婚約まで行った時に、はじめて彼の親の離婚理由を聞くと、父親の不倫が原因で、父親が愛人の元へ去ったのだとか。
彼も彼の母親も、突然家庭を壊された被害者なのだ。
私が結婚してとにかく大喜びだったのは母だった。なんとか四月を迎える前に私が嫁いだからだ。
母のために結婚したわけではないのに、世間体とか自分の面子を保つことに必死過ぎるのは滑稽だった。
控え目な義母は同居を拒み、夫婦二人の結婚生活が始まった。その後一人娘の私が大原家を継ぐことになり、夫は婿養子になった。
二年目には長男の輝之が生まれた。
「男はみんな、なんだかんだ言ってもマザコンよ!」
結婚した同級生達と時々会うと、愚痴や不満、子育ての悩み等で盛り上がった。
「節子はいいわね~!」
「どうして?」
「同居する姑はいないし、優秀で見目爽やかな旦那様で羨ましいわ。愚痴るところなんて無いでしょ?」
夫は優しく、子煩悩だった。不満も特にはない。
「そうよ、跡取りも産んだのだし、順風満帆よね」
「そう···かな?」
夫は義母に似て、私に対して控え目だ。従順とも言えるかもしれない。
夫婦になってからも、私を「節子さん」と呼ぶのがほんの少し他人行儀ではあるけれど、呼び捨てを強要はしたくない。
それに、「節子さん」と呼ばれる方が逆にそれだけ大事にされているような感じがして、それも悪くなかった。
そう、私の結婚生活はとても順調で、申し分ないくらいに幸せだった。
息子の輝之が小学校に上がると、夫は四国に転勤になった。
私の母が倒れて入院した時期と丁度重なってしまったので、彼には単身赴任をしてもらうことになった。
それから二年後、私の結婚生活は突然崩壊した。
夫が部下と不倫をしていると聞かされた時は衝撃で、地獄に突き落とされたような気分になった。
四国支店の社員から密告の電話が来たのだ。
夫は不倫を否定し、誤解だと言い張った。
「節子さん、俺は神にかけて、不倫はしていないよ」
「していない証明はできるの?」
「これは濡れ衣だ。信じてくれ!」
従兄弟が経営している探偵事務所に依頼すると、不倫の証拠は見つからなかった。
「俺は、不倫ができる立場にいないよ」
その言葉にカッとなった。
「不倫ができる立場なら、したってこと?」
「そういう意味ではなくて······!」
「じゃあ、どういう意味なの?!」
伯父である専務の勧めを断れなかったから、渋々私と結婚したということなのか?
健司さんが婿養子だから?
今まで夫とは喧嘩や口論をしたことが一度もなかった。
言わない方がいいということはわかっていた。
でも、どうしても怒りから止められなかった。
「やっぱり、血は争えないのね。親が親なら子も子よね」
夫は傷ついたような表情を浮かべた。
でも、私だって傷ついているのよ!
──謝ってなんてあげない。
「私、絶対離婚はしないわよ」
「不倫はしていないのだから、離婚する必要はない」
それから私達は長い別居生活が始まったのだ。




