人の形
今は亡き曾祖母が、震災の焼け跡から拾ったという小さな観音像を、引き取って供養してくれるところを探していた。
信心深い曾祖母は兄弟6人が皆僧侶という寺の末娘だったが、生まれてすぐに母親が亡くなってから他家へ養女に出された。
そんな曾祖母は、いわく付きの物を拾ってしまう癖があった。
以前、手伝いに行ったお宅でガラクタ同然にしまってあった古い日本人形を見つけた。
その日帰宅すると、その日本人形が夢枕に立って、「私を引き取って欲しい」と言ったそうだ。
それでそんな夢を見たから、いらないのであれば、捨てるのは可哀想だから私がいただいてもいいかと了解を得て持ち帰って来た。
曾祖母はなんともなかったのかもしれないが、娘や姉妹は気持ち悪がっていた。
娘が夜に寝ていると、誰かに顔を覗き込まれているような気配が何日もしていた。
何だろうと不審に思っていると、ある晩また覗き込まれている気配がしたので、部屋の電気をつけてみたら、置いてあった筈の場所からその人形が移動していて、畳に落ちていたのだ。
肝を冷やした娘は、その人形を嫌がったので、曾祖母の部屋に飾るようにしたら、やはり人形が動いたというのだ。
その日本人形はとても精巧な作りで、爪や陰毛まで施されていたらしい。
これは供養してもらった方が良いと判断して護摩を焚いてもらうようにした。
それを見守っている曾祖母と姉妹の目の前で、炎の中で生きているかのように跳びはね、狂ったように踊り舞っていたという。
そんな物を拾って来た曾祖母の拾い物のひとつでもある観音像は手のひらに収まる程の大きさで、家の仏壇に長い間置かれていた。
曾祖母はとうに亡くなり、祖母も他界し、母も老いて終活のために色々と整理しないとねとなり、その古びた観音像を供養してもらうことにしたのだ。
金属製の観音像は黒光りして、焼けた時に背中がただれ、姿勢は右に傾いて真っ直ぐに立っていられないものだった。
もったいない、捨てると可哀想とかで何でも拾ってしまうのも良し悪しだ。
仏壇を拝む時に、それを見るたびに、重い気分になるので、もう手放した方がいいよねということになった。
なかなか引き取ってくれるところが見つからず、檀家の寺で魂抜きをしてもらい、その後はスクラップとして廃棄処分することになった。
魂抜きの読経の最中に、その観音像は顔の表情が変わった。
苦悶に満ちた顔から、脱け殻のようなただの黒い塊と化した。
塩を添え不燃物の袋に入れて、焼け跡観音様にはお帰りいただいた。
人の形をしているものは、より霊が入り込みやすいと言われているみたいだ。
ひょっとしたら写真や絵などもそうなのかもしれない。
霊は見えないけれど、飾ってある人物画から視線を感じるような時があるから。
掛け軸に描かれた天照大神に「目を覚ませ!」と叩き起こされた人がいるのを知っている。
霊は目から入り込むと言う霊能者もいる。
曾祖母の遺物は本当に厄介だなと、今度は何を処分しようかと、家族は悩み中だ。
古い物、アンティークな物が好きな私も、気をつけないといけないなと思う今日この頃だ。
(了)




