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サイレントルーツ2②

「念のため島のホテルか旅館へ泊まったほうがいいかもしれないね」

「猫を飼っているんです。餌やりと荷物を取りに行かないと」

「じゃあ一緒に行くよ。宿だけは先に取っておこう」


高台の家は辺鄙な場所ではあったが、隣家ともそれほど離れてはおらず、何かあった際に助けを呼べない距離では無い。

三軒隣の猫好きの大家へ猫は預かってもらうつもりらしい。


「ふん、どこ?ふんちゃ~ん」


ふんという猫の名に笑った。「猫のふん」というと微妙な感じになってしまうけど、どんな猫なのだろうか。

猫を呼ぶ声に愛情が込められていて、あんな優しく甘い声で飼い主に呼ばれる猫は幸せだろう。


「きゃああ!」


浴室の格子の無い窓が割られて、部屋が荒らされていた。猫は横たわり息をしていなかった。

土足で踏み込んだ靴の跡があり、すぐに駐在を呼んだ。


「このまま現場は残しておいて下さい」


ふんの遺骸に布を掛けた。


失意と怯えで呆然とする彼女を連れて宿にひとまず向かった。


「島を出て避難しないか?」


彼女の家族は既に亡くなっていない。親戚とも疎遠のようだ。


「······また色々な人に迷惑をかけてしまうわ」

「まずは自分の身を守らないと。仁菜みたいになられたら困るけど、深瀬さんはもう少し図々しくなっていいよ」


俺は少しだけおどけてみせた。


「······仁菜さんは、どうしたのですか?」

「金髪の赤ん坊の父親とカナダに行ったらしい。後始末は全部俺に丸投げでね」

「······夫の元へ戻るというのは全部演技、嘘だったんですね」

「ああ、君にも迷惑をかけて本当にすまない」


彼女は弱々しく首を振った。


「私、それでも仁菜さんに少しだけ感謝してるんです」

「な、何で?」

「仁菜さんを見てたら、私も子ども欲しいな、家族が欲しいって初めて思えたから。仁菜さんて、良い悪いは別として、凄いパワーがありますよね」

「あれは、パワーがありあまっているっていうか、······奔放過ぎて俺はついていけなくなったけどね」


肩を竦める俺に、彼女は微かに笑った。


「実は俺の両親は長く別居していてね、父と過ごした記憶があまりないんだ。そのせいか自分が父親になることに正直自信がなかったんだ。だから仁菜の子が俺の子ではなくてホッとしているんだよ。こんな夫は最低だろ?」

「······自信満々で親になる人はいないと思うわ。誰だって親になるのは初めてだし。夫婦もだけれど、誰かと家族になるのって、案外難しいものですね。みんなそれぞれに努力はしているのに」

「······そうだね。あっ、もうこんな時間か。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい、今日は色々ありがとうございました」


深瀬さんを部屋まで送った後、宿のまわりも見回ったが、高木らしき人物は見当たらなかった。



翌日交番から連絡があり、不審人物が捕まったという。

深瀬邸に設置していた防犯カメラに映っていたのは、男装した女だった。

その不審人物が着ていたトレンチコートは一昨日の晩、深瀬さんに声をかけて来た人物と同じものだった。


「······女性だったのですか?」


その人物は懸念していた高木ではなく、この島の住人だった。


「仁菜って子もそうだったけど、みんなにチヤホヤされて、特別扱いなのが気に食わなかったのよ。ここはあたしらの島だ。よそ者のあんたももうここから出ていけ!」


湯川朱美の低音の声色は男性と間違えるほど迫力があった。

180センチ近い長身の三十代後半の独身女性で、婚活という体で島に来た仁菜に彼氏を寝とられていたらしい。

彼女はバーの従業員で、深瀬さんとは面識がなかったが、仁菜に対する憤懣を深瀬さんに向けてしまったのだろう。


深瀬さんには理不尽なとばっちりでしかない。


「元妻が大変申し訳ありませんでした」

「嫌な気分にさせてしまっていたことに気がつかず申し訳ありませんでした。私は島を出て行きます」


島の人達は湯川に同情を示し庇ったので、不本意だったけれど、被害者側が謝罪することで、この件は丸く収まった。

島から去るならばもうそれでいいと深瀬さんは言った。島の人達には逃げ場がないからと。

全ての島民が移住者を快く受け入れるとは限らない。島独特の人間関係があるというのは本当なのだろう。


元妻の尻拭いもこれで終わった。



「本当に出て行くのかい?」

「はい、今まで本当にお世話になりましてありがとうございました」

「まじか、バイバイなの?」

「はい、バイバイです。まおちゃん元気でね」


ふんの遺骸は大家が引き取り、既に野良猫達の共同墓地に葬ってくれていた。

ふんの墓に花をたむけて俺達は島を去った。



「これからどうするの?」


あまりにも当たり前過ぎることを聞いてしまい後悔した。


「······仕事を探さないと」

「もし今後何かあったら、気軽に相談してくれ。連絡先が変わったら教えてくれるかな?」

「はい、ありがとうございます。長島先生にも改めてお礼とご挨拶に行きますね」



深瀬さんと駅で別れた直後、俺は父の訃報を叔父からの連絡で聞かされたのだった。

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