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サイレントルーツ2①

サイレントルーツの続きです。

磯の匂いが立ち込める市場を抜けて、役場への道を急いだ。

探偵として大原仁菜の足跡を調査している体で島へ来た。


仁菜とは離婚が成立しているが、仁菜の両親からの謝罪は未だに一切無い。

恐らく島の移住絡みの部署にもあの親達は謝罪も事後処理もしていないことだろう。

確認すると案の定、仁菜はトンズラ状態で島を出て行ったらしい。やりたい放題で尻拭いは誰かに丸投げだ。

探偵事務所の手伝いをしていた時は猫をかぶっていたに違いない。


──なぜ俺はこんな女と結婚したのだろうか。

言い訳がましいが、魔が差したとしか思えない。


「この度は大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

「······移住者はなかなか居着かないことが多いです。一年もてばいい方ですかね」


対応してくれた四十代手前位の痩せぎすの男性職員は、こんなことにはもう慣れている、という様子だった。

それでも三週間足らずで出て行ったのは最速の部類らしい。


勝手に家を出て離婚届を送りつけて来た元妻のやらかしまで俺が謝る義理は本来ないが、念のため状況を確認しておきたかったのだ。


仁菜はアパート暮らしだったようで、事後処理も複雑なものはなかった。

今後の連絡はこちらへお願いしますと仁菜の実家へまわすように伝えた。


長島弁護士のアドバイスで、深瀬さんはストーカーに追われているということになっている。

ストーカーではなくても高木から身を隠すのは得策だと俺も思う。


長島弁護士から聞いた住所を訪ねる前に、彼女に島へ来ているとメールで連絡を入れた。

すぐに返信は来なかったので、港を少しぶらぶらしてから、古びた喫茶店で時間を潰すことにした。

扉や窓ガラス、家具やソファ、備品や食器、珈琲カップに至るまでレトロな店構えで、そこが妙に落ち着ついた。

テーブルの上には星占いのできるプラスチック製の球体のオブジェ、店の奥にはジュークボックスまであった。

70年代のロックスター、フォーク、ポップスのレコードのジャケットが壁にびっしり並んでいる。

半世紀前で時が止まったかのような、自分はリアルには知らない時代の品々で満ちていた。それを眺めるだけでかなり時間が潰せた。

カウンターの向こうにはステンレス製やゴツめのガラス製の器が並んでいて、柄にもなくプリンアラモードかパフェを頼みそうになって来た。


突然「大原さん助けて!」という切羽詰まった声で彼女からの電話があった。


「何があった?」

「高木が、高木がこの島にいます」

「?!」


高木は指名手配ではないから、親切な島の人達ではあってもいちいち観光客の顔を気にしたりはしないだろう。

そうやって人の目をすり抜けて、あいつは彼女に近寄ろうとしているのだ。


──まさか本当に深瀬さんを追って来るなんて。


目と鼻の先だったが、急いでタクシーを拾い彼女の職場へ向かった。

長島弁護士から彼女が「島谷まじか」という名を使っていることを聞いていた。


「何かご用でも?」

「すみません、島谷さんは······」

「あんた、島のもんじゃないね」


事務所で俺を出迎えたのは、敵を睨むような眼差しの婦人だった。浅黒い肌に引いたアイラインがより睨みを利かせて見えた。

名刺を見せると「探偵?まじかちゃんを探しに来たの?」と一層警戒心を露にした。


「いえ、助けを求められて来ました。会わせていただけますか」

「······」


信用してもらえないので、直接深瀬さんに電話した。


「事務所まで来たよ。どこへ行けばいいかな?」

「今そちらへ行きます」


就業時刻は過ぎているのか、事務所内の人はまばらだった。


「大原さん、すみませんでした」


しばらくぶりに見た彼女は、白い肌がほんの少し日焼けしていた。


「高木はどこで見たの?」

「昨日家に帰る途中で後をつけられて、振り返ったら私の本名を呼ばれたんです。でも······」

「でも?」

「顔が違っていたんです。それでも背格好と声は高木のようでした」


返事はせずに、そのまま早足で家を特定されないように遠回りして帰ったという。


「まじかちゃん、それってストーカーのことかい?」

「は、はい」

「やだねえ、本当になんてしつこい奴だ、許せないね」


先ほどの婦人とは別のふくよかな女性社員が聞いてきた。

島の人が協力的でありがたいというのは本当で、家族のように心配してくれているようだ。


「で、こちらの人は?」


二人とも興味津々な目付きで俺を見ている。


「ストーカーの件でお世話になった探偵事務所の方です」

「大原?あれ?あの仁菜って子も大原だったような······」

「大原さんは仁菜さんのご主人です。私も知らなかったのですが」

「「ええっ!?あの子結婚していたの?婿探しとか言ってなかった?」」


しまった、まだ深瀬さんには俺が離婚したことを伝えていなかった。


「仁菜は元嫁です。この度はお騒がせして大変申し訳ありませんでした」

「······え?離婚?じゃあ、仁菜さんが言っていた赤ちゃんは?」

「あれは、仁菜の不貞の子だ」

「「こ、子どもまでいたの?」」


二人の婦人は驚きの新事実に一瞬黙ると、「ちょっと、やだあ」と、俺の背中をバンバン叩きだした。


「あんた探偵さんだろ、しっかりしなよ」

「もう、ドジな探偵さんねェ」


見ず知らずの人達に恥を晒したばかりか、どこかで聞いたようなセリフの混じったダメ出しまで食らってしまった。


この分ではストーカーのことも仁菜の件も明日には島中に知れわたっているだろう。

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