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忘却ループ

夢から覚めたように、なぜ自分はこの人と一緒にいるのか?


ハッとして愕然とする時がある。


まるで狐につままれたような気分、悪い夢から目覚めたみたいな感覚に襲われる。


嫌で嫌でしょうがない相手なのに、別れたいと願い、あなたとはもう付き合えないと伝えた筈の相手と、何ごともなかったかのように笑顔で楽しく語らいながら街を歩いている。


何やってるの自分?


どうして別れて無いの?


なぜまだ続いているの?



自分の意志や記憶が操作されているのか?


物語に出てくる魅了の魔法にやられて、正常な感覚が麻痺させらているかのようだ。



そう感じて目覚めたのに、また忘却の波に飲まれてしまう。


自分の願望とは真逆の、悪夢のループ。


病的に自分の都合の悪いものは受け入れられない人物は、それをねじ曲げて現実を歪めた世界を作り上げるための特殊な何かを相手に出しているのではないか?


相手を眩惑し、蜘蛛の巣に引っかかった虫のように、相手の自由を奪い繋ぎ止める。


そうやって記憶や時空までも歪め、自分の思い通りにするのだ。


もしかして世界線までも変えさせているのかもしれない。


その何らかの忘却させる物質を噴霧、あるいは見えない触手で相手に注入しているのではないか、そんな気がしてならない。


そしてそれが何らかの原因で弛んだ時に目覚めて、一時的に正気に戻る。


その時に物理的に離れるか、ダメージを与えるような言葉で撃退することでしか、脱出できないのだ。


そのような負の魔術を使う者は、忘却させ麻痺をさせ、相手を操作できなくなると激昂する。


突然キレる、突然怒り出す、言葉で攻撃して縛ろうとするか、メンヘラのように急に下手に出て媚びるとか、弱くて庇護が必要な者のように擬態しては、自分に繋ぎ止めようとするのだ。



───これは何度目か?


慄然として気がつく自分がいる。


相手は既に人間では無いのだ。魔に巣くわれた魑魅魍魎だ。



「なっ、何を言うの?」

「君とはもう一緒にはいられない」


毅然と別れを言い放ち、安全な地帯まで後ずさる。

相手に背を向けると攻撃される可能性があるから顔を反らさずに逃げ無いとならない。熊から身を守るのと同じ要領だ。


魑魅魍魎は、猛獣と同じかそれ以上だ。


別れ話で頭に血が上り、鈍器や刃物で別れを切り出した相手を襲うようなケースは、それはもう人間では無いのだ。


自分の安全を確保(物理的な距離や体勢、逃走経路を用意)してから、別れを切り出して逃げるしかないのだ。


逃げるが勝ち


それ一択だ。




「うわああ!」


俺は魑魅魍魎な女と別れてから十年が経った今も、まだごくたまにあの女と一緒に映画を観たり談笑しながらレストランで食事をしている夢を見ることがある。


そんなことはあり得ないのに。


でも、それが現実ではなくて夢であったことにホッとする。



だが、もしも夢を利用し、あの女が俺との世界線を無理矢理繋げようとしているのだとしたらゾッとする。


冷や汗で濡れたパジャマを脱いで着替え、カーテンをそっと開けた。

まだ夜が明けていない、暗い窓の外を眺めた。


新聞配達のバイクが通りすぎ、その後に、酔っ払いなのかヨロヨロと自転車に乗った男が「シバの女王」を鼻歌で歌いながら通りすぎて行った。



♪ あなたゆえ 狂おしく······



俺は歌詞を思い浮かべて身震いした。



「どうしたの?」


寝室から妻が起きて来た。


「起こしてごめん」

「ううん、あなた、うなされていたわよ」

「······ああ」

「コーヒーでも淹れようか?」

「頼む」


ネットニュースの着信音がして、携帯を見ると、ストーカーが返り討ちにあって殺されたという。


そのストーカーは、あの女と同姓同名だった。


驚いてコーヒーを飲む手が止まった。


(まさか······な)


ニュースの続報によって、殺されたのはあの女本人だということを知った。



「今朝のあれさ、お前の元彼女だよな?」


当時の事情を知る友人がメールしてきた。



付き合っていたと思われているが、恋人関係では全くない。肉体関係にだってなっていない。


離れたいのに、もう関わりたくないのに別れてもらえないでずっと悩んでいただけだ。


魔に支配を受けたかのような、あり得ないループに陥っていたのは確かだけれど。


別れたい、もう付き合えないと伝えた筈なのに、それは忘却していて、また一緒にいるという地獄のループに、絡め取られ蝕まれていた。


その魔の発生源がこの世から消えて、どれだけ安堵したことだろう。



元彼扱いで取材陣が突撃してきたが、「容疑者が殺害したくなった気持ちは理解できます」とだけ述べて後は黙秘した。



あれから俺はあの女の夢を見ることはなくなった。

だが、俺を待っていたのは妻との破局だった。


妻は取材陣のしつこさと興味本位で話を聞きたがる一般人の野次馬に疲弊し鬱になり、実家へ帰ったきり戻らない。

その後離婚届けを送って来た。



二度殺せるなら、俺だってあの女をこの手で殺してやりたい!!



それから俺は、あの女を殺す夢ばかり見るのだ。



(了)


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