かくもファンは手厳しい
新人アイドル並木ユウカ十六歳の自殺のニュースがスマートフォンの着信音と共に目に入った。
見たくもないのに顔写真付きで配信される芸能関係の記事には毎度うんざりだ。
けれど、今回のニュースで初めて彼女の顔を知った。この訃報がなければ名前すら自分は知ることもなかっただろう。
そもそもアラフォーの俺に十代のアイドルなんて、みな同じ顔に見えて区別がつかない。 街を歩く女子高生とかもそうだ。同じ顔、同じファッション、同じ髪型、まるでクローンかと思う。
アイドルオタクでもない限りは、そんなもんじゃないのだろうか。
「迫田、そりゃまずいぜ。オッサンまっしぐらじゃないか」
喫煙ルームでそれを話したら、同僚に呆れられてしまった。
案の定、並木ユウカは本当に自殺だったのかネットで考察が書き込まれている。メディアの発表なんざ、いちいちみな信じちゃいないのだろう。
他殺だったのを自殺と報じられることも、この国以外でも無いわけではない。
一般人には真実を知らされないなんてこともあるわけだ。
誰かの都合上、そうされてしまうこともある嫌な世界で生きている。
中学生の甥までも、「叔父さん、ユウカは自殺じゃないよね?何か知ってる?」なんてメールで聞いて来たから苦笑した。
俺が管轄の警察官だからと言って何でも知っているわけではないんだけどね。
仮に知っていたとしても漏らすわけがない。
「どうして自殺じゃないと思うんだ?」
仕方なく返信する。
「前日まで自分の動画で夢を熱く語っていた人が死ぬわけないでしょ」
「衝動的自殺というのもあるぞ」
「それはないよ。だってユウカは僕の同級生と付き合っていたんだ」
「·····は?!そっこちこそ、情報提供しろよ!」
私立中に通う甥の当該同級生は、代議士一族の次男、元タレントだった母親に似て男性アイドル並みのルックス。成績もトップクラスで運動神経も良く、齢十五にして学内に彼のファンクラブまであるそうだ。
確かに他の生徒とは別格のオーラのようなものを放っているのを、しがないオッサンの俺でもわかった。
「並木ユウカと本当に交際していたなら、どうか申し出て欲しいんです」
「警察に協力するしないは、僕の自由ですよね?」
「もちろんそうです」
「じゃあ、放っておいて下さい。僕だって傷ついているんだから」
「交際していたのは事実なのですね?」
彼はうつむきながら頷いた。長い睫毛が陰を作り、庇護欲をそそる美少年の風情があった。
「ライブ配信の投げ銭で繋がって、ユウカの方から付き合ってくれと言って来たんだ。まだ付き合ってひと月も経っていないのに、まさか死ぬなんて思わないでしょ」
裕福な家庭で恵まれて育った割には、傲慢さや軽薄さもなく、繊細さが際立っていた。
「君も彼女は自殺ではないと?」
「僕はそう思います。家のために僕は表には出られませんが、真相をつきとめて下さい、お願いします」
その後、並木ユウカには複数の交際相手がいたと報じられた。その一人と揉めて口論になっていたという。それは甥の同級生ではなく都内に勤める二十代のサラリーマン、援交に近い関係だった。
自分が青少年だった頃は、グラビア写真に惹かれ、お世話になりもしたが、今見ると、若い女の子のグラビアは痛々しく感じる。
こうまでしないと売れないのか?自分から入ったとしても芸能界とは酷な世界だと保護者目線で捉えてしまう。
並木ユウカの痩せぎすのボリュームのないビキニ姿は、痛々しさしかない。
あどけなさが残る笑顔の少女の水着の布面積の小ささが、妙に哀れを誘った。
自分の性を売るのと同様のことをしなければならない職業に、なぜ自分から入り込んでゆくのか。
死んでからもあることないこと書かれ、プライベートを暴露される有り様は不憫に思えて仕方がない。
某ちゃんねるでは、若手男性アイドルとも付き合っていたと暴露されていた。
ベッドで頬を寄せて二人でピースサインを向ける自撮り写真も流出していた。
繊細そうなあの代議士の次男は、自殺未遂をして休学中だという。
自殺か他殺か、まだネットでは騒いでいる。
占い師や霊能者までも便乗して参加していた。
その中で気になったのは、「ファンに殺害された」というものだった。
警察も交友関係はすべて調べているだろうし、表沙汰にならなくてもあの代議士の息子も話を聞かれた筈だ。
数ヵ月後、ようやくネットでの騒ぎが落ち着いた頃、ある少女が逮捕された。
並木ユウカをチンピラを雇って殺したと言うのだ。
少女は甥の同級生で、あの代議士の息子のファンクラブに所属していた。
「あんなブスな子が彼女なんて許せない」
並木ユウカに複数の交際相手がいたことよりも、推しの代議士の息子を自分達から奪ったことに怒り心頭したようだ。
少女の家は建設業の大手、裕福な家庭の育ちの良さげな美少女だった。
確かに並木ユウカよりもアイドル顔ではある。
それでも並木ユウカがブスだとは思えないが。例えどんなに美人でもアンチはブスと言いたがるものだ。
殺害を頼んだチンピラに何度も金をせびられ払い切れなくなって行った。追い詰められた少女はチンピラをナイフで刺してしまったことで発覚したそうだ。
本物のファンだったら、推しの恋を応援するものなのではないか?
例え推しの交際相手が自分の好みに合わない相手、納得できない相手だったとしても、それでも静かに見守るのがファンというものではないのだろうか。
あんな人は認めなられない、許せない、だから殺す
それはなんという短絡思考で、恐ろしく狂暴なファンなのだろうか。
半年後、また別のアイドルがファンに襲撃される事件が起きた。
その理由は、推しの女の趣味があまりにも悪かったからだと言う。
かくもファンとは手厳しいものなのだろうか。
憧れの対象に傾倒し、判断力まで鈍らせ、人の道を外れてゆく、狂気の世界だ。
ファンこそが、健全であれ。
それが推しの最も幸せな状態なのではないだろうか。
(了)




