第五話 最初の波
1986年10月。
俺が購入していた東電力HDの株価が、ついに8500円を突破した。ここで一度利確することにする。
買値は3450円で200株。おおよそ2.5倍。手元資金は200万円を超えた。
「……よしよし、順調すぎて怖いくらいだな」
だが、まだこれからだ。本番はこれから。
次なる標的は――日本転電公社、通称NTD。
10月末に公募が始まる、初期バブル株の代名詞的存在だ。未来知識によれば、公募価格は120万前後。そして来年2月に上場すれば……とんでもない値をつける。
問題は資金力だ。現状の200万程度では、1株買うのがやっと。これではせっかくのチャンスを活かせない。
そこで、俺はある意味禁断の「裏技」に頼ることにした。
「健太、悪いけどさ……康二兄に連絡してくれ」
「お? 兄ちゃんに? 何頼むんだよ?」
「ちょっと……競馬でな」
「競馬〜?!」
そう。健太の兄・康二さんを通じて、天皇賞(秋)に賭けるのだ。
なぜかって?
俺は知っていたからだ、何故ならこの年の天皇賞(秋)は、桜に由来する馬と、ネクタイの結び方が名前になっている馬が来る事を。
未来のとある競馬歴史シミュレーションゲームで知っていた、鉄板知識だ。
康二さんに話を持ちかけると、当然のごとく凄〜く怪しまれた。
「お前……まだ中学生だろ? 一体何考えてんだ?」
「いや、とある所から一部情報が入りまして、確度としてはかなりのモノかと……」
「だからと言ってだな〜? 中学生のやる事か?」
やはり色々と探られてしまったが、過去の営業スキルを総動員し、必死に説得。
相手は健太の兄貴とは言え。いずれ厄介ごとを背負い込む可能性は大いにある。だが今は背に腹は代えられない。
最終的に康二さんには折れて貰い、俺は資産のほぼ全額を突っ込んだ。
――そして、レース当日。
結果は予想通り。俺の知識通り。馬券は的中し、資金は一気に3500万円へと膨れ上がった。
「やった……! 本当にやったぞ!」
思わず歓喜の声を上げる。心臓がバクバクして止まらない。
こうして手にした大金を抱え、俺は次なる勝負へ備える。
10月末、NTDの公募価格は119万円と発表された。来年2月、上場の瞬間を狙い撃つ。資金さえあれば、最初のスタートダッシュは約束されたも同然だ。
「ここからだ……ここから伝説のバブル景気が始まる!」
未来を知る強みを武器に、俺はさらに前へと進む覚悟を固めたのだった。