第六十三話 最強の用心棒
「ようこそ、おいで頂きまして有難うございます」
ネクスト本社の応接室。美和子さんが、俺と健太が連れてきた藤林の爺さんに丁寧に頭を下げた。
「こりゃあご丁寧に。◯◯町で武術道場を営んでおる藤林というもんじゃ。どうぞよろしくの」
爺さんは相変わらずの腰の曲がった姿勢で、しかし鋭い目を光らせながら、部屋の隅々を観察するように見回していた。
「私は株式会社ネクスト代表取締役、風間美和子と申します。先生のお噂は、息子の大輔から伺っております」
「ほほほ、悪口ばかり聞いておるんじゃないかの?」
ニヤリと笑う爺さんに、美和子さんはクスリと返す。
「いえ、口では色々言っておりましたが……腕前は心底信頼しているようでしたわ。あれなら健太君や早苗さんを任せても、まあ安心だろうと、そう申しておりました」
「ちょ、美和子さん?!」
俺が慌てると、爺さんは腹を抱えて笑い出す。
「くっくっく、なんじゃ意外じゃのう大輔。」
「……チッ、そこはもう置いといて話を進めよう、美和子さん」
「そうね。では、これまでの経緯を先生にご説明します」
俺は小っ恥ずかしさを飲み込み、爺さんにこれまでの経緯――『レジスタンス』との一件、そして背後に潜む組織の存在について簡潔に語った。
「なるほどのう。要するに、暴力団の影がちらつき始めたと」
「はい。少々派手にやり過ぎました。外郭団体については大輔君が機転を利かせて一時的に退けましたが、しかし――」
「問題は大元の組織だな」
俺は小さく頷く。
「ああ、竜星会が関わっているらしい」
その名を出した途端、応接室の空気がわずかに重くなる。
「ほう、竜星会か。ここいらじゃ一番の大所帯じゃのう。構成員は百を超えるはずじゃ」
爺さんの目が細くなる。戦の匂いを嗅ぎつけた獣の目だ。
「そういうことだ。向こうの“暴力装置”に対抗する為に、爺さんの力を借りたい」
「ほぅ……ワシの力を借りたい、とな」
爺さんはわざとらしく顎を撫で、こちらを値踏みするように眺める。
「だがタダで、とはいかんぞ。さて、どうやってワシを動かすつもりじゃ?」
俺は人差し指を一本立てた。
「ふむ、百万とは、ずいぶん安く見積もったの〜、それでワシを動かすつもりか?」
「まさか。一億でお願いしたい」
「ぶふぉっ!?」
爺さんが茶を盛大に吹き出した。驚愕の声は同時に、美和子さんが差し出したアタッシュケースで裏付けられる。中には本物の札束がぎっしりと詰まっていた。
「正気か? このシワガレ爺いに億の値を付けるか!」
「ああ。爺さんの腕とコネ、それを借りられるなら億でも安い。協力してくれ」
俺は深く頭を下げた。室内に沈黙が落ちる。数秒か、あるいはもっと長い時間に感じられた後――。
「ぶわっはっはっは! 面白い! よかろう大輔。この件が片付くまで、この藤林、手を貸してやろう。存分にコキ使うがええわ!」
「ありがとうございます、先生」
「助かる、爺さん」
美和子さんも胸を撫で下ろす。俺は爺さんの笑みに一礼した。
――こうしてネクストは、竜星会に真正面から立ち向かうための最強の駒を得る事が出来た。
ようやく反撃の時を得た。必ず奴らには目にものを見せてやる。