第六十ニ話 組織への対応
「どんだけ危なかったと思ってるの!」
代表室に響いた美和子さんの声は、怒りと心配が入り混じったものだった。先日の『レジスタンス』との一件――俺が直接やり合ったことに対して、しこたま怒られている真っ最中である。
どうやらネクストの側でも『レジスタンス』の実態がヤクザのフロント企業であることは掴んでいたらしい。けれども、まさか即座に家族に手を出してくるとは想定外だったそうだ。しかもその相手を俺が「秒で排除」したと聞いて、余計に頭に血が上ったらしい。
「相手は反社のフロントよ! いくら大輔君でも、やっていいことと悪いことがあるわ」
「でも、もう小次郎達の通学路まで把握されてたんだ。誠司や永遠まで狙われる可能性もあった。早めに芽を摘む必要があると思ったんだ」
「だからって、大輔君が矢面に立つ必要はないでしょ! もし大輔君の身に何かあったら……私、耐えられないわよ」
胸を押さえて震える声。怒っているのは表向きで、本音はただ俺を案じてるだけなのが伝わる。ありがたい。でもここで引いたら相手の思う壺だ。
「心配してくれてありがとう。でも、ここで芋を引いたらネクストも家族も丸ごと飲み込まれる。母さんが築いてきたものを、俺が台無しにするわけにはいかない」
「そんなものどうでもいい! 私にとっては、大輔と小次郎――あんた達二人より大切な物なんてないのよ!」
代表室に張り詰めた空気。しばし睨み合いになったところで、ノックの音が救いのように響いた。
「粗茶ですが、どうぞ」
美香子さんがお盆を抱えて入ってきた。お茶の香りが漂った途端、美和子さんの肩が少しだけ落ちる。絶妙なタイミングだ。
「ふぅ……それじゃ、今後どう対応していくか相談しましょう」
「まずは弁護士だな。晴彦さんが司法試験に受かるまでの繋ぎが必要になる」
「一人、心当たりがあります。私に任せてもらえますか?」
美香子さんが静かに名乗りを上げる。頼もしい。その辺は彼女に任せていいだろう。
「じゃあお願いするわ、美香子」
「あと、メディアを使うって手もある。こっちが堂々と表に出れば、向こうも大事にはしたくないはずだ」
まだ暴対法が成立していない時代だが、すでに噂は立っている。表沙汰にでもなれば組織の上の連中も面倒を嫌うだろう。
「それなら康二さんに相談してみるわ。大手出版社勤めの伝手を頼りましょう」
美和子さんが頷く。そうか、康二兄なら世論に訴える窓口が利用出来る。
「問題は、直接的な暴力への対抗策だね」
俺がそう口にすると、2人の顔が曇った。
「それは警察にお願いするしかないんじゃない?」
「無理だろうね。現行の法律じゃ警察は常時張り付けない。暴力を傘に振る舞われると、今の時点では苦しいよ」
頭を抱える二人を前に、俺は意を決して口を開いた。
「……知り合いに、一人だけ頼れる実戦武術の達人がいるんだけど、話を聞いてみない?」
部屋の空気が再び動く。俺の脳裏には、あの“爺さん”の背中が浮かんでいた。