第六十話 卒業試験
暑さに辟易した夏も過ぎ去り、暦の上では十月。秋らしい涼やかな風を感じる今日この頃です。どうも、大輔です。
さて現在の俺は、自宅で山名ブラザーズの“生活環境改善卒業試験”を見守っている真っ最中です。
「誠司兄、味噌汁できたよ!」
「永遠、こっちも焼き魚終わった」
「あと残りはお米が炊き上がるまでね」
中学三年の誠司と小学五年の永遠。まだまだ子どもと言っていい年齢だけど、彼らの希望で“卒業試験”なるものをやることになった。俺や小次郎は「早すぎる」と反対したんだが、二人の「ケジメだから」という強い意志に押し切られてしまったわけだ。
「うん、味噌汁美味しい」
「ね〜? もう家にいればいいじゃん〜。あ、この漬物も美味い」
横で小次郎がまだゴネている。妹分たちが巣立ってしまうのが寂しいのだろう。
「焼き魚も完璧だな。塩加減も焼き加減も合格」
「この卵焼きも美味しい……」
正直、俺の腕より上かもしれない。ちょっと悔しいが、それだけ本気で取り組んできた証拠だ。
「試験は合格。文句なしだよ」
「そうね。これだけできれば十分合格点。でも……」
美和子さんが言葉を切る。おや、クレームか?
「あなたたち、まだ中学三年と小学五年でしょ。突然の体調不良や学校の宿題だってある。何より、まだ本来なら親の庇護下にある年齢よ」
もっともな意見だ。誠司は表情を曇らせ、真っ直ぐ答える。
「ですが……これ以上、風間家にご迷惑をおかけするわけには……」
隣で永遠もうんうん頷く。律儀というか、遠慮深いというか。
「あら? 私たちがあなたたちの存在で迷惑を被ったことなんてあった?」
「そうだそうだ!」
小次郎がすかさず援護射撃。いや、お前は嬉しすぎて空回りしてるな。
「でも、二人の言いたいこともわかるわ。それなら、こういうのはどうかしら?」
美和子さんが提案したのは――平日はこれまで通り風間家に通い、休日だけ自宅で過ごすという折衷案。俺も心配はしていたし、それなら納得できる。誠司を説得し、小次郎も「それがいい」と永遠を説得していた。
「……正直、心苦しいですが。皆がそう言ってくれるなら、平日はまたよろしくお願いします」
「はい。お願いします」
ようやく二人も頷いてくれた。胸の奥に溜まっていたものがすっと下りる。
「晴彦さんには私から伝えておくわ。だから心配しなくて大丈夫」
これで平日は変わらず。俺たちの生活リズムも維持されることになった。
「良かった〜! 誠司兄と永遠がいないなんて寂しいもんな」
「もう、小次郎兄ったら……」
永遠も照れながら笑顔を見せる。きっと彼女も本心では嬉しかったのだろう。
「また迷惑かけるかもだけど、よろしくな大輔!」
「阿呆。俺がいつ“迷惑”なんて言った? いつまでいたって構やしねえよ。これからもよろしくな」
こうして山名兄妹の“卒業試験”は、笑顔と安堵のうちに幕を閉じた。
――やれやれ、俺たちの賑やかな日常生活はまだまだ続きそうだ。