第五十七話 ネクスト会議室にて②
悠子さんの問いに、俺は頷いた。途端に会議室が静まり返る。
「嘘……今の日本の景気が、実態の無いバブル経済ですって?」
「そうですよ。製造業も強いし、株価も土地価格も右肩上がりなのに?」
真理子さんと奈々さんが必死に反論する。気持ちはわかる。日本の実態経済は破綻しているようには見えない、逆に伸長してるくらいなのだから。
「言われてみれば、加熱気味だと感じる部分もあるけど……警戒するほどかしら」
優子さんは半信半疑といった様子。
「そうですよね。まだバブル景気の初端でしょうし、今の状況で“日本経済に危機が訪れる”なんて意見に反対するのは当然です」
皆が困惑しながらも納得しきれずにいる。そこで俺は悠子さんへ問いかけた。
「……悠子さん、俺が説明する前にどうしてこれがバブルだと気づいたんです?」
現時点で、これがバブルだって判断する人はまだ少数だろう、理由を尋ねてみた。
「単純なことよ。東京の土地価格でアメリカの国土の半分が買えるなんて、まともなわけがない。商社が世界中の名画や贅沢品を買い漁っている状況も異常。加熱しすぎだと思ったのよ」
なるほどな。そう、この時期日本の商社は世界中でかなり異常な買い付けを度々おこなっていたのだ、ゴッポの『ひまわり』百億円買い付け事件なんて、その象徴だろう。
「そうですね、自分の見立てですが、日本の経済は来年末辺りがピークだと考えてます。それ以降は投資の旨みは少なくなるでしょう、ただそれ以降も、日本の景気にはまだまだ楽観的な見方が優勢になるでしょうから、一部の資金は土地取引などに流れると見てます、けれど、それも持って1年長くて2年程でしょう」
全員が絶句した。つまり、あと三年で日本の好景気は破綻する。そう宣言したようなものだからだ。
「だからこそ、ネクストとしては国内に依存しないような経営を目指します。現在アメリカではITという新しい産業が芽吹き始めています。その中心にある企業との提携を目指します」
静まり返る会議室。そこへ美香子さんが切り込む。
「……大輔君からこの話を聞いていたからこそ、私は短期拡大計画を後押ししたの。皆には多少無理をさせたわね」
「「「「多少!?!?」」」」
見事にハモる幹部一同。俺は笑いをこらえる。
「美香子さん、最初から知っていたんですね!」
「勘違いしないで。詳しく聞いたのは最近よ」
「でも説明したら“進捗が遅い”って後押しして貰ったわよ?」
「美和子さん! 余計なこと言わない!」
代表と副代表のやり取りに場が少し和んだ。
「――というわけで。ネクストは来年末を目処に株式投資は海外へシフト。日本の土地資産に関しても三年後迄に手仕舞いすることになります。ここ一〜二年が勝負よ。全員、覚悟を決めて!」
「「「「「はい!!!」」」」」
会議室に声が響き渡る。
こうしてネクストの第二次運用計画――『プランB』が正式に始動した。