第五十四話 沖縄決戦②
騒ぎの渦中、俺は裏口の配電盤へと走り込んだ。
決戦前に練った作戦――ブレーカーを落とし、店内を暗闇に沈める。
俺が一番“戦えない”からこそ任された役目だ。場所を下見して、サインを送るだけ。だが、こういう役割でも果たせるのは悪くない。
カシャン、とブレーカーを下ろした瞬間、バーの中が一気に闇に沈んだ。
『?! 何が起こった!』
『電気が切れたぞ、誰か確認を――ぐっ!』
『ウェインの奴がやられ……っ』
目を凝らしても店内は真っ暗だ。だが俺の耳には、かすかな衣擦れや風を切る音、肉を打つ鈍い衝撃音が響いてくる。
一つ音が鳴るごとに、敵の声が一つ消えていく。
健太か早苗か、それとも爺さんか。暗闇に片目を慣らしていたうちの連中が、次々と敵を狩りとっているのだ。
……俺はただ、喉を鳴らしながらその音が静まるの待つのだった。
わずか一分弱。
店内は嘘のように静まり返った。
やがて店員が慌ててブレーカーを戻し、明かりが甦った時。
そこに残っていたのは――椅子にしがみつくようにして立つジェフただ一人だけだった。
『やあジェフ。これでゆっくり話ができるな』
剛田さんが、まるで旧友に声をかけるみたいな笑顔で近づく。
ジェフは脂汗を流しながら、必死に威嚇を装った
『いい気になるなよ、これで勝ったつもりか? 仲間はまだ居るんだ、またいずれやり返すぜ!』
『なんだ、まだやるつもりだったんだ? 仕方ないな〜』
剛田さんは言うやいなや、近くに転がっていた男の肩を容赦なく踏み潰した。
『ギャアアーーッ!』
悲鳴が響く。その隣では、爺さんが淡々と、無表情で他の連中の手足を無表情で踏み折っていく。
骨の軋む音。肉が潰れる音。
健太と早苗が思わず顔をしかめているのが視界に入った。俺も胃がひっくり返りそうだが、目は逸らさない。
ジェフの顔からどんどん血の気が引いていく。だが、その瞬間その手が不意に懐へ――
『……死ね、ジャップ!』
拳銃。銃口が剛田さんに向けられようとした、その刹那。
『ウギャッ!』
ジェフの手に銀色のフォークが突き刺さっていた。
振り返ると、爺さんが子供のような笑みを浮かべていた。
「儲けたのう。ええ土産ができたわ」
そう呟きながら、ジェフが落とした銃を懐にしまい込む姿に、背筋がぞわりとした。
『なあジェフ』
剛田さんの声が低く響く。
『面倒だがいつ来ても返り討ちにしてやる準備はしてあるんだ、再戦する気ならいつでも受けてやる、ひとまず景気付けだお前の四肢は全部折って行く事にするよ』
バキィッ。
ジェフの左腕が逆方向に折れ曲がる。
絶叫が店に響き渡った。
さらに右腕へ足をかけたその時――
『待て! も、もうやらない! 二度と舞子にも店にも手出ししない! 頼む、助けてくれ……!』
その目に、初めて“本物の怯え”が宿った。
爺さんと剛田さんは目を合わせ、わずかに頷き合う。ここで手仕舞い、ということらしい。
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剛田さんがジェフと話を続ける間、俺たちは倒れた連中を一纏めにし、懐から財布を抜き取った。身分証、現金、刃物や拳銃――物騒なものが次々と出てくる。
「おお、また二丁あったぞ。ええ土産じゃわい」
爺さんが楽しそうに拳銃を掲げる。
「師匠、マジでやめてくださいよ! これ強盗じゃないですか!」
健太と早苗が慌てて突っ込むが、爺さんは鼻で笑った。
「何、向こうも後ろ暗い身分じゃ表沙汰には出来んよ、それにそのまま奴等に使わせとくのも不味いじゃろ、ワシらで有効活用せんとの」
そう言い切り理論武装した爺さんは、戦利品を風呂敷に包む、その姿はまるで山賊のようだった。
……こうして、沖縄二日目の夜は幕を閉じた。