第五十三話 沖縄決戦①
現在夜の十時。沖縄の繁華街から一本裏通りへ抜け、目的の店に近づいている大輔です。
山名兄弟と小次郎は危険を避け、先にホテルへ帰すことにした。当初誠司は「自分も行く」と聞かずに食い下がったが、永遠と小次郎を頼むと告げると、渋々ながらも了承してくれた。ほんと責任感の強い奴だ。
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「そろそろ目的地のバーに到着しますが、どのように仕掛けますか?」
剛田さんが前を歩きながら低い声で問う。
「まずはお主に“説得のふり”をしてもらうわい。どうせまともに話など通じんじゃろうが、合図は任せる」
爺さんは不敵に笑う。
「……ではフィンガースナップで。おそらく奴らは一塊になっているはずですが、周囲に注意は必要でしょう」
「それでよかろう。――健太、早苗」
「はい!」
「いつもと同じじゃ、始まる前にその場を意識しての行動を心掛けよ、戦は開戦する前には既に決まっておるのを忘れるなよ」
「「はい!」」
「その上で、戦場に“想定通り”など存在せん。必ずイレギュラーは起こる。突発の判断を怠らんことじゃ」
「「はい!」」
緊張を帯びた二人の返事に俺も思わず背筋が伸びる。
「で、そこの阿呆はどうする?」
「出口から様子を伺うだけだよ。余計なことはしない。……てかできない」
「ふむ。よかろう。だが忘れるな、大輔。お主に何かあっても、ワシらは一切手を抜かぬぞ」
「わかってる」
喉が乾いた。爺さんの言葉は軽いようで、実は容赦のない本気だ。
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打ち合わせを終え、一行は目的のバーへ。
中へ入ると、思ったより小洒落た内装だった。重低音のBGMが響き、酒と煙草の匂いが混じる。
その奥の一角――白人を中心にした外国人グループがたむろしている。剛田さんが頷き、歩み寄った。
『よう、ジェフって奴はいるかい?』
剛田さんが流暢な英語で声を掛ける。流石地元民だ。
『日本人がジェフに何の用だ? 俺が相手してやろうか?』
『ハイサイって店の件だ。ジェフに話を通してくれないか。それだけでいい』
『……待ってろ』
一人が席を立ち、奥へ向かう。
その間、俺の目の端に映る。爺さんや健太、早苗が、何気ない動作のように位置を入れ替えていた。舞台の幕が上がる直前のように。
『話を聞いてやるってさ。こっちだ』
テーブルの奥に、分厚い体格の金髪の男が座っていた。こいつがジェフか。
『なんだ日本人……ふむ、お前がゴーダって奴か? 舞子に付きまとってる』
『付きまとってるのはお前だろ。――もう店に手を出すのはやめろ。これ以上続けるなら、こっちも対処せざるを得なくなるんだが』
『ハハハ! 聞いたか? 悪い冗談だ! ジャップが俺たちに逆らうだと?』
取り巻き連中が一斉に大笑いする。安酒と煙の匂いが混じった、不快な笑い声だ。
その喧騒の中で――剛田さんが、片目をすっと瞑った。
『……仕方ない。そうするしかないか』
パチン!
静かなフィンガースナップの音が響いた瞬間、店の照明がバツンと落ちた。
闇の中、俺の心臓が高鳴る。
――狩りの時間が始まった。