第五十二話 沖縄決戦直前
「いてて、舞子ちゃん、もっとお手柔らかに!」
「知りません! 武さんが悪いんです。こんな心配かけさせて……」
はい、現在俺は甘〜い砂糖漬けを無理やり食わされているような気分な大輔です。
ここは沖縄料理『ハイサイ』の店内。店長の娘である舞子さんが、さっき米軍崩れの連中に殴られて頭を切った剛田さんの治療をしているところだ。二人は小さい頃からの知り合いで、剛田さんが妹のように面倒を見てきたらしい。……とはいえ、舞子さんの眼差しはどう見ても“兄妹”のそれじゃないぞ? 朴念仁め、気付いてやれよ。
「武の奴を助けてくれてありがとうな。礼だ、これが『ハイサイ』名物ラフテー定食だ。俺の奢りだから遠慮なく食ってくれ」
そう言って料理を運んできたのは、この店の店長・伊佐雄さん。沖縄では知る人ぞ知る有名料理人らしく、料理雑誌でも名前を見ることがあるらしい。
そして運ばれてきた皿の上には、輝くような豚の角煮――ラフテーが鎮座していた。
「うめぇ……なんだこれ、肉が口の中で溶けるんですけど!」
「誠司兄、信じられないよ! これ、お箸で切れる! こんなに分厚いのに」
「見た目は脂っこそうなのに、全然そんな感じしない。むしろフルーティーな香りすらする……」
小次郎と山名兄妹が目を丸くして絶賛している。誠司なんか、プロの目線で下処理の仕方を想像してぶつぶつ呟いているし。いや、わかる。これはマジでうまい。豚の臭みを完全に抜いて、甘辛いタレの奥に果物の酸味が隠れている。プロの仕事だ。俺も箸が止まらない。
気付けば全員、夢中になってあっという間に完食してしまっていた。……食べに来た甲斐があった。
「でじゃ、剛田君。奴らは一体何者じゃ?」
誠司たちが伊佐雄さんから基本の調理法を教わっている間に、藤林の爺さんが静かに口を開いた。
「舞子に付きまとってるジェフって奴の取り巻きです。何度も店に押しかけてきては絡んできやがって……。俺が何度か追い返していたんですが、ついに直接的に力で訴えてきましたね」
「ふむなるほど。で、どれほどの規模の連中じゃ?」
「米軍崩れが主ですが、実際の米兵も混じっているらしい。二十人前後の集団です。一応こちらでも調べていました」
「なんじゃ、既に仕掛ける算段をつけておったのか」
「はい。ただこちらの人数が足りない。どうしたものか考えていたところでした」
「なぁんじゃ、なら問題ないわい。ワシらが一緒に行こう」
ジジイはこともなげに言い放った。
「おい待てジジイ! 健太と早苗を巻き込む気か? 流石に同意できんぞ!」
思わず俺は声を荒げる。いくらなんでも中学生を鉄火場に放り込むのは危険すぎる。だが爺さんは涼しい顔だ。
「なぁに、そろそろ実戦を見学させるのもよかろう。それくらいは鍛えてある」
「だからって許可できるか! どうしてもって言うなら俺も行く。引率責任があるからな!」
「足手纏いになるぞ。二人の足を引っ張る気か?」
「……余計な真似はしない。指示には従う。だから連れて行け、爺さん」
一瞬、師匠と俺の視線がぶつかる。数秒の沈黙の後、師匠がふっと口角を上げた。
「はぁ……仕方ないのぉ。絶対にワシの言うことを聞くんじゃぞ」
「ふふ、中々気骨のある友人ですな」剛田さんが苦笑する。
「ただの阿呆じゃ。足を引っ張るでないぞ!」
師匠に一喝されても、俺は黙って頷くしかなかった。
――こうして夜の沖縄、米軍崩れのアウトロー達を相手にした決戦が始まろうとしていた。