第三十話 未(来の)知(り合い)との遭遇
九月に入り、ネクストはまさに修羅場の真っ只中だった。社員総出で顧客説明に奔走し、来たる10月に備えて全員が慌ただしく動いている。そんな慌ただしい中だが、美和子さんにどうしても伝えておきたいことがあり、事務所へと足を運んだ。
実は八月の中頃、確保していたSomy株が五千五百円付近で約定し、一億六千五百万円という大金が手元に転がり込んできたのだ。とうとう俺も“億り人”の仲間入りである。感慨深いが、この資産をどう活かすか決めかねていた。そこで一時的に、ネクストに預けることを決めたのである。
当然、美和子さんは猛反対した。
「そんな大金を、簡単に預けるなんて駄目よ!」
「大丈夫。まだ千万円ほどは手元に残してあるし、十月以降は会社の方に資金が必要になるだろう?」
何度もやり取りを重ねた結果、ようやく折れてくれた。さらに俺は続けた。
「それと、来年までの繋ぎとして、関西圏の土地資産を買っておいた方がいい。東京はもうバブルの天井が見えてるけど、関西ならまだ余地があるから」
しばしの沈黙ののち、美和子さんはため息をつき、しかし真剣な表情で頷いた。
「来年、必ず利子を付けて返すから」
「元金さえ無事なら、それでいいよ」
ようやく納得してくれた彼女と別れ、事務所を後にした。
――その帰り道。商店街のアーケードを歩いていると、数人の男子学生が言い争っている場面に出くわした。
「いいから誠司君が呼んでるんだ。お前、こっち来いよ!」
どうやら、俺の学校の女生徒が、男性生徒に絡まれているらしい。
「何度も言ってるでしょ? 自分から話しかけもできないような人に、私が応じるわけないでしょ」
女生徒は全く怯む気配もなく言い放つ。だが男子たちは逆にヒートアップし、ついに一人が腕を伸ばした。
「……やばっ」
喧嘩は苦手だが、とりあえず止めに入ろうと一歩踏み出した、その瞬間。
「ふんっ!」
女生徒の身体が流れるように動いた。男の腕を掴み、鮮やかな小手返しで地面に叩きつける。あっという間の出来事だった。
「こいつっ!」
二人目が殴りかかろうとした瞬間、彼女は入り身から腰を取って、今度は横投げ。見事に地面へ転がした。
残った三人目は顔を引きつらせ、情けなく叫ぶ。
「も、もういい……行くよ!」
「「お、覚えてろよ〜!」」
時代劇の悪役かお前等は! 捨て台詞を残し、三人は情けなく退散していった。
俺が呆気にとられていると、女生徒の方から声をかけてきた。
「助けようとしてくれたようね。どうもありがとう」
「いや……助けなんてまるで必要なかったみたいだけど」
そう返しながら顔を見て――俺は息を飲んだ。
凛とした目元、勝気そうな表情。その顔に思いっきり見覚えがあった。
旧姓、天童早苗。未来での名前は岡崎早苗。――健太の嫁やんけ!?