第二十九話 衝撃に備えよう
どうも、大輔です。暦は八月、真夏の盛り。世間は夏休み一色ですが、俺は今日、久々にネクストの事務所を訪ねています。
ここで少し会社の状況を話しておきましょう。現在ネクストは販路の拡大が続き、今年中に年商三億を突破するのも現実味を帯びてきています。
そのせいか現在ネクストでは社員全員がフル回転で働いていて、オフィスはまるで鉄火場のような熱気に包まれています。
売上急増による資金繰りの乱れもなく、むしろ改善が進み、経営は安定基調。さらなる成長を見据え、人員の増員も検討中とのこと。
「人員の確保は必須事項よ。今はまだ回っているけど、このまま顧客が増え続ければ手に負えなくなるわ」
「採用の目処は立っています。今年中に十人増員できる予定です」
忙しそうにやり取りしていた美和子さんが、ふと俺に気づき手を振った。
「大輔君、事務所まで来るなんて珍しいじゃない。何かあったの?」
「忙しいなら、また出直そうか?」
「いいのよ。丁度いいところで一区切りだから、みんな休憩にしましょう」
社員たちが仕事を中断し、オフィスにはひとときのティータイムが訪れる。緊張が緩んだ空気の中、俺は切り出した。
「実はね、アメリカでFRB議長が交代したらしいんだ」
「それがどうしたっていうの?」と悠子さんが首を傾げる。
「スタンスが正反対の人に代わったみたいでね。アメリカの政策次第じゃ、ちょっと厄介なことになる可能性がある」
本当を言うと、交代自体が直接の火種じゃない。ただ、来たる十月の“あの日”に備え、今から少しずつ危機意識を持たせておきたかった。
「アメリカの“双子の赤字”って、皆さんご存じですか?」
「確か、財政赤字と貿易赤字のダブル赤字ですよね?」と真理子さんが即答する。流石勉強熱心だ。
「そうその影響で今ドル安が進んでいるんだけど、このまま進むと大変な事態に陥るとアメリカの経済学者の先生が言ってるらしくてね、向こうで多少騒ぎになってるみたい」
俺はそこまで言って、言葉を切った。詳細を今ここで全部語るつもりはない。ただ、十分な警戒を促すだけでいい。
そう俺は知っている、ドル安によるインフレ懸念と10/15に中東でとある事件が勃発する事で世界が誘発され、ある事象について引き金が引かれるのだ
「まだ断定はできないけど、年内に大きな動きがあっても不思議じゃない。だから――顧客には早めに。できれば十月までに一度手仕舞いするか、実物資産への切り替えを提案してほしいんだ」
オフィスの空気がぴんと張り詰めた。さっきまで和やかだった空間に、緊張が広がっていく。
「大輔君は、そこまで逼迫していると見ているのね?」
真剣な眼差しを向ける美和子さん。その目に迷いはなかった。
「うん。アメリカだけじゃない、世界全体に波及すると思う」
しばしの沈黙ののち、美和子さんは大きく頷いた。
「わかった。大輔君を信じる。皆、至急顧客への連絡を始めて。九月が終わるまでに必ず対応を完了させるのよ」
「了解しました!」
社員全員の声が一斉に響く。その表情は、一瞬前までの余裕から一転、戦場へ向かう兵士のような気迫を帯びていた。
嵐の前の静けさは終わりを告げようとしていた。