第二十四話 赤い怒り③
「うっせ〜! お前みたいな奴の世話になんかなるか! 料金は色つけてやるから、とっとと失せろ!」
――はい、いきなり鉄火場からの開幕大輔です。
まさか初顔合わせのボイストレーナーと、いきなり喧嘩別れになるとは思わなかった。
原因は単純だ。
先生いわく「元の声はゴミだから、矯正したのに戻すのは許さん」だとさ。……そりゃ怒るでしょ?
俺達が欲しいのはその“矯正”した声じゃなくて、由佳さん本来の声の進化系なんだから。
「ごめん、由佳さん。完全に仕切り直しになっちゃった」
「いや、問題ないさ。それに……大輔が『元の声が魅力的だ』って言ってくれたから、自信がついた」
由佳さんが落ち込んでいないのは救いだった。ていうか、気づけば俺のこと“クソガキ”って呼ばなくなってるのな……。ちょっと照れる。
「とりあえずネクストに戻って、美和子さんに相談しよう」
そうして会社に戻ると、事務所はスタッフ達で慌ただしく動いていた。電話の音、キーボードを叩く音、資料を抱えて走る足音――まさに戦場だ。
「ごめんなさいね、大輔君。評判のいい人を選んだつもりだったんだけど」
美和子さんが申し訳なさそうに眉を下げる。
いや、評判が良いのは間違いないだろう。ただ、俺達が求める方向性とは根本的に違っただけの話だ。
「美和子さんのせいじゃないです。……いわゆる“音楽性の違い”ってやつですね」
「音楽性の違い?」
首をかしげる美和子さん。ああ、この言葉もいずれ未来でネタにされるんだよな。俺が笑いを堪えていると、美和子さんもつられてクスクス笑った。
「でも、どこかに個性的な声にも対応してくれる先生がいないものかしらね」
そう呟いた瞬間、背後からひょっこり声が飛んできた。
「それなら、この人はどうでしょう?」
びくりと振り返ると、経理担当の奈々さんがにこやかに立っていた。き、急に現れるなよ、心臓に悪い。
「アメリカ出身で、日本に移住してボイススクールを開いてる方です。向こうでの経験も豊富だそうですよ」
アメリカか……なるほど、多種多様な声が飛び交うあの国で揉まれてきたのなら、個性を潰さず伸ばしてくれるかもしれない。
「良いかもしれない。その先生に会ってみよう。……でも奈々さん、どうしてそんな情報を?」
「パソ通……いえ、知り合いの知り合いに詳しい方がいまして。ホホホ!」
ああ、そうか。この頃はまだパソコン通信って世間じゃ日陰の趣味扱いなんだっけ。奈々さん、照れ隠しが下手すぎる。
ともあれ、その先生――ジョンソンさんのスクールに向かうことになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ハジメマシテ、ワタシ、ジョンソンといいマス。ヨロシクね」
「「よろしくお願いします!」」
つられて、俺も由佳さんも片言になってしまった。
「ソレデハ、サッソク、キカセテ貰エルカナ?」
「わかりました……♪ 〜 ♩ 〜 ♪ 〜」
由佳さんが歌い出す。俺は廊下に出て、ドア越しに声を聞きながら一時間ほど待った。練習室からは時折ジョンソンさんの「Good!」「もう一回!」といった明るい声が響き、思わずこちらも胸が弾む。
やがて扉が開き、由佳さんが汗をかきながらも晴れやかな顔で出てきた。
「どうでしたか、彼女の歌声は?」
「Oh〜、グレート! パワフルなソウルボイスね! コレナラ一ヶ月カカラズ、スタディ終えソウヨ!」
おお、先生からのお墨付きか! しかも想定より短期間で結果が出そうとは。由佳さんの顔も楽しげだし、ここなら安心して任せられる。
「「よろしくお願いします!」」
俺と由佳さんはそろって頭を下げた。
お読み頂きありがとうございます、皆さんの閲覧励みになっております
後もしよろしければいつでも結構ですのでブックマークの登録や↓欄の☆☆☆☆☆にご評価して下さると大変嬉しいです