第二十二話 赤い怒り
翌日、朝から美和子さんは家を飛び出し、猛烈な勢いで動き始めた。
わずか二日間で必要な手配をすべて終わらせ、俺にバトンを渡してくるあたり、さすがネクストの切り込み隊長である。
その日、俺はバンドメンバー全員を引き連れ、予約済みのスタジオに入った。
「すげ〜……二ヶ月間、貸し切りかよ!」
由佳さんを含め五人のメンバーは、広々としたスタジオを見回しながら目を白黒させていた。
「由佳さんを除く四人は、とりあえずここで今まで作ってきたオリジナル曲の練習をお願いします」
どう見ても中学生の俺が仕切っている光景に、メンバーたちは当然困惑する。だが由佳さんが「追及は不要」とばかりに首を横に振ると、皆しぶしぶ黙り込んだ。
「私たちはいいとして……由佳姉はどうするの?」
ドラム担当のケイさんが尋ねる。
「由佳さんは二ヶ月間、ボイストレーナーにみっちり指導を受けてもらいます」
そう、この勝負は由佳さんの歌に八割がかかっている。歌が伸びれば曲は生きる、伸びなければすべて水泡に帰す。
「とりあえず二ヶ月で皆さんの演奏力を底上げし、そのうえで新曲を披露してもらいます」
ギターの昴さんが口を開いた。
「新曲? 曲作りはミーコに任せてるんだが?」
どうやら「どこの馬の骨かわからんガキにいきなり仕切られてたまるか」という空気を隠しきれていない。
昴さんの視線を受けて、シンセ担当のミーコさん――小柄でリスのような可愛らしい女性――が不安そうにきょろきょろしていた。
「その新曲については、一ヶ月後を楽しみにして下さい」
俺はドヤ顔で言い切った。だが内心は冷や汗ものだ。なにせシンセサイザーなんぞ使うのは初めてだ、そんな中作曲等でシンセサイザーを使用する以上、形にできなければ信用を失う。未来で「モテたい一心」で始めたピアノ経験が、まさかこんな形で役立つとは……。
一方、ベースの環さんはずっと黙っていた。腕を組み、状況を見極めるような目つきで俺を観察している。
「まだ納得できない奴もいると思うが、私が決めたことだ。とりあえず二ヶ月間、付き合ってくれ。この通りだ」
そう言って由佳さんが深々と頭を下げた。その姿を見て、メンバーたちは不承不承ながら折れる。
クセの強い面々をまとめ上げるには、絶対的な“成果”が必要だ。俺が未来から持ち帰った切り札――あの曲を完成させなければならない。
2020年代、彗星のごとく現れた高校生シンガーが、ある人気アニメとのコラボで歌い上げた中の一曲、これ以降彼女は世界規模で一気にスターダムへと駆け上がった。
力強くも繊細で、聴く者すべてを奮い立たせる“逆境”をテーマにした挿入歌――
そう、俺たちが挑むのはその伝説の一曲だ。
未来を変えるかもしれない危険な選択。だが、今この場にいる全員を本気にさせるために、荒療治が必要と判断したのだ。
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