第十六話 ネクスト起動準備
「メガネ女史っていいな……」
――後から健太に聞いたところ、帰ってきた康二さんが最初に漏らした言葉がそれだったらしい。俺としては聞かなきゃよかった。
さて、二月もあれこれ波乱はあったものの、季節はめぐって春三月。
いま俺たちは新しい事務所の準備で大忙しだ。
「健太、そっち持って九十度回転してくれ!」
「了解! 壁側にくっつけるんだな」
汗を拭いながら机を運ぶ。そこへ康二さんも来て肩を貸したりして貰う。
「わざわざお忙しいところを……康二さんまで。ありがとうございます」
美和子さんが康二兄へ丁寧に対応する
「いえいえ、この間は世話になりましたし、男手がないと大変でしょう?」
「顧客にまでなっていただいたのに、立ち上げのお手伝いまで……」
「いえ、あなたが重いものを持つくらいなら、私がやりますとも」
「そこ! サボってないでちゃっちゃと働く!」
俺が一喝してやるも効果はあまり無い、康二さんのデレデレ顔を見て、俺はチベット砂狐のような表情になった
話を変えよう、さて、こうして順調に引越しできた理由についてだが。
手持ちの株価は順調に上昇を続け、三月に入った時点で会社の資産を担保に借り入れを実行。《ネクスト》の法人化手続きも無事完了し、会社はステップアップの階段を着実に登っていた。
その際に、美和子さんが目をつけていたオフィスを、顧客のつてで相場より安く借りることに成功。
という事で、今日はその入居準備に追われているという訳だ。
「皆、そろそろお昼にしましょう!」
声をかけられて時計を見ると、もう正午を過ぎていた。小次郎を含め、全員で机を囲んで昼食タイム。
「いや〜、このペースなら夕方までに片づきそうだな」
「そうね。あとは電話が入れば形になるわ」
「PCも一台入れるんでしょ?」
「ええ、表計算ソフトも導入済みよ。四月から入ってくる子、経理とパソコンに強い子だから任せるつもり」
なるほど、即戦力が控えているのか。ほんと美和子さんの人脈は侮れない。この調子なら、試練の十月までに万全の体制を整えられそうだ。
午後も作業を続け、人数を増やした甲斐もあって夕方までにオフィスの準備は無事終了。
「お疲れさま! 皆のおかげで整ったわね。夜は焼肉屋を予約してあるの。全員で打ち上げしましょう!」
「「「やった〜!」」」
子供組――俺も含めて――は歓声をあげた。
夜。焼肉屋の煙と香ばしい匂いに包まれながら、ジュウジュウと肉を焼く。
楽しい雰囲気の裏で、美和子さんにまとわりつこうとするとある“害虫”をブロックするのにはちょっと苦労はしたが。
だが、それはそれとして、お肉の美味しさには勝てないのだ。
大変美味しゅうございました。
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