第十五話 難敵現る②
中学生の俺が「投資アドバイザー」と名乗り、名刺まで差し出したものだから、さすがの康二さんも椅子からずり落ちそうな顔をしていた。だが話を進めるうちに徐々に冷静さを取り戻したらしく、パンフレットをじっと見つめて唸る。
「……しかし月額三十万ってのは、さすがにぼったくり過ぎじゃねぇか?」
「これは四月に《ネクスト》が法人化してからの正式サービスの予定なんですが、顧客ごとに資産運用の方針をまとめたポートフォリオを提示しますし、うちが自社で運用している資産の状況も、証拠をつけて開示するつもりですよ」
「なるほどな。景気のいいこと言って金だけ集めて、あとは放置……そういう連中とは違うって訳か」
「はい。そう認識していただければ。まぁ、どれだけ気をつけても詐欺は起こるときゃ起こるんですけどね」
「お前が自分でオチをつけるな!」
康二さんが呆れ顔をする。俺と健太は笑いながら、追加で頼んだコーヒーを啜った。
しばらく沈黙。康二さんは手元のパンフレットを指でトントンと叩き、思案している。やがて静かに口を開いた。
「……いいだろう。この条件なら三十万でも安い」
「え、大丈夫? うち、一応は資産家向けサービスだよ?」
「問題ない。NTD株を担保に銀行から借り入れる。資産運用が上手くいけば確実に増やせる算段はある」
「まいどあり。契約に関しては、うちの社長とやり取りしてくださいね」
「お前が社長じゃないのか?」
「おいおい、俺まだ中学生っすよ?」
「ああ……」康二さんが額に手を当てる。
「余りにも自然に投資の話をするから、大人と喋ってる気分になってた。完全に錯覚してたわ」
勘弁してくれ。中身はともかく、外見はどう見ても瑞々しい美少年だろ、俺。キリッとした目線を送るが、誰も突っ込んでくれない。
「大輔のお母さん……いや、美和子さんが社長なんだよね!」健太が笑顔で補足する。
――その瞬間だった。
康二さんの表情がガラリと変わった。
さっきまで冷静に数字を弾いていたビジネスマンの顔が、驚きと焦りを混ぜた“男の顔”に切り替わる。
「……それを先に言え!」
立ち上がるや否や、伝票をひったくり、レジへ直行。支払いを済ませると同時に、俺と健太の言葉など無視して外へ飛び出していった。
「な、何だ今の……」
俺と健太は唖然とし、残されたコーヒーカップを見つめ合う。
――あ、ああっ!? 思い出した!
未来で康二さんと二人で新宿の居酒屋で飲んだとき、あの人が泥酔してポロッと漏らしたことがある。
そういえば……あの人、美和子さんにベタ惚れだったじゃねぇか!
冷徹なインテリヤクザ顔負けの男が、あんなに慌てて飛び出していった理由。
それは間違いなく「社長=美和子さん」という一点に尽きる。
――しまった、これは早まったかもしれん。
契約を取り付けたどころの話じゃない。これ、下手すりゃ康二兄が“別の意味”で会社に張り付いてくる未来が待ってるんじゃ……?
俺は思わず頭を抱えた。
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