黒玉事件④
「そんな、バカな!?」
その刑事さんの言葉に、俺は思わず激昂してしまう。
「いや〜、T国大使館経由で被害届が出てましてね〜、誘拐被害者の行動を追っていましたら、2日前に被疑者と一緒にいる姿が目撃されてましてな〜」
「ちょっと待ってください!」
俺は内心の怒りを抑えつつ、3日前に彼女に会った時の状況を説明する。
「成る程、実は3日前にあなたがた3人が吉乃屋で一緒に食事をしていた事は掴んでおります。」
「だったら!」
「まあまあ、少し落ち着いて下さい。」
確かに少し気が昂ってるな、花蓮がそっと背中に手を当てて落ち着かせてくれた
「ふ〜、すいません、少し気が昂っていたようです、お話を聞かせて下さい」
頷いた刑事さんが懐からもう一枚の写真を提示する、それは確かに3日前に会った彼女の写真だった。
「こちらが誘拐被害者とされる李玉玲さんの写真になります」
「うわ〜、綺麗な人」
「はい、確かに俺達が3日前に会って大吾さんが保護した人に間違いありません」
俺が頷くと、刑事さんも一つ頷いた後、大きく息を吐き頭を掻きむしる
「その実はですな、彼女はT国ではある意味有名人でして」
話を聞くと、今はまだ使われていない言葉だが、所謂セレブというやつでお嬢様という事らしい、T国では気さくで人当たりもいい為、かなりの人気者のようだ
「へ〜、お嬢様なのね、この人」
俺も横で頷いていると、目の前の刑事さんはまるで極限まで苦くしたお茶を飲み込んだみたいな顔をして
「それが只のお嬢様なら良かったんですがね〜…」
「と言いますと?」
深いため息を吐いた刑事さんは、懐からタバコを取り出して吸おうとするも
「すいません、この部屋は禁煙となっております」
花蓮にたしめられた刑事さんは、こりゃ失礼と残念そうにしまった後、もう一度深くため息を吐き答える。
「彼女の名は李玉玲と言います」
「はい?」「それは伺いましたが?」
俺達が思わず小首を傾げるも
「その彼女の叔父の名前なんですがね、実は李登弧と言いましてな」
その名前を聞いた瞬間に、俺と花蓮の表情から完全に血の気が失せる
李登弧
T国民主化の父、前任の遺言を受け継ぎ、総統に就任した1988年から具体的に民主化のステップを推し進めた指導者である
T国は彼の主導により、しばしばあるC国の妨害をも跳ね除け民主主義体制を構築し、その過程は「静かな革命」と称される。
海外のメディアなどは彼の事を「ミスター・デモクラシー」とさえ呼んでいる
まさに生きる偉人と呼べる人物なのである。
余りの衝撃に絶句する俺達2人
「まあそういう訳でして、彼女もその出自と美貌も合いまって、東洋の黒い宝玉、黒玉等と称されておりましてな、T国では隠れたお姫様扱いなんですわ」
「完全に国際問題じゃね〜か!」
俺の絶叫が室内にこだました。
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