第0話 上位存在との契約
無機質な白い天井...薄れゆく視界を複数の黒点が、耳障りな羽音を響かせながら右や左へと飛び回る。
「...(もはや声も出せなくなったか)」
家具量販店で買い揃えた安いベットと布団の上で、そんな衰弱しきった俺は、力なく横たわっていた。
「...(まぁいいか、最早必要ない。持とうが持たなかろうが、結末は同じだ)」
そう鈍く重い脳を働かせていると、段々と意識が遠のき薄れ始める。
「...(未練...、神でも居るんなら、一発殴ってやりたかったが)」
視界は徐々に明度を落とし、最期まで身体を保とうと動く心臓の鼓動も弱まっていく。
「...(あぁ...、やっと...終われ......)」
そうして俺の意識は、完全に途絶えた。
完全な暗闇、そこは虚空であり虚無である。五感に働きかけるものは存在せず、ただそこに俺という存在が漂っていた。
「ここが死後の世界か、天国も地獄も無いとはな」
生前のように声を発してみるが、伝播する物質も発声器官も無いため、ただただ無意味だった。
「永遠の虚無、それが俺に宛がわれた地獄か」
常人では耐え難い地獄そのものだろう。だが現実世界にうんざりし尽くし、未練も一切残ってない俺には丁度いい天国だ。そうと解ればそれに身を預け、俺は、考えるのをやめ...
『ごめんなさーい!他の子の対応で遅れましたー!』
突如、謎の明るい大声が思考に割り込んで来た。
「うわぁあぁあぁ⁉」
無い筈の心臓がまた止まるかと思ったが!?SANチェック入りますよ?!
『あ、いきなり失礼でしたよね、ごめんなさい。驚かれましたよね』
ホントだよ。こういうのって『私の声が聞こえますか?今、貴方の脳内に直接語りかけています』的な前置きがあるもんじゃないんですか?遅れたかなんだか知らないが、そこはちゃんとして欲しいものだが。呆れから「はぁ…」とつけてるかもわからない溜息をついて、謎の声に問いかけてみる。
「あの、一体何なんですか?身分と目的を明かして貰っていいですか?」
すると目の前に光点が現れ、輝きを強めて広がっていき、小柄なスーツ姿の中性的な人(の様な何か)が形成される。左腕には書類の束を挟んだバインダー、右手には筆記用具と思われる金の棒を、そして背中には光の円状の何かが浮いている。
『あ、そうですよね。自己紹介がまだでした。自分、こういうものでして』
そう頭を軽く掻き、名刺をこちらに差し出してきた。
「死後救済委員 転生課 No.100...。え、ナニコレ?名前は?」
名刺の何処を見ても、名前らしきものが記載されていない。
『自分には名前は存在しません。ここに書いてある個体番号が、人間界のそれに該当されると思ってください』
うわー、とてつもなく怪しい何かに捕まった気がする。というか、存在そのものの疑問が晴らせてないんだが?
「それで、貴方はどういう存在なんです?天使?悪魔?それとも神か死神ですか?後者2つならお願いがあるんですが」
No.100がいえいえと首を横にブンブン振る。
『そんな大層な存在じゃないです自分。ただこういった空間で彷徨える魂に、与えられた職務をこなしてるだけの存在です。それ以上でもそれ以下でもないです』
なんだか釈然としないが、それが答えなら納得するしかないか。
『あー、それで目的ですが』
そうバインダーに挟まれていた一枚の書類をこちらに差し出す。
「転生保険契約?」
内容を要約すると、どうやら能力を十分に発揮できずに若くして亡くなった場合、記憶や経験などをある程度引き継いで、最も健康な状態の肉体から転生が行えるものだそうだ。結構美味しい話ではあるが...。
「いや、興味ないんでお引き取り願えませんか?」
生に疲れた俺には、転生なんて生き地獄への切符同然だ。すると申し訳なさそうにNo.100が契約書を取り出した。
『あのー、大変申し上げにくいのですが。実は既に契約済みでして...』
「はぁ?そんな覚えないが?」
『もちろんそうだと思われます。何せ前世の貴方様が行った契約ですので』
そうサイン欄に記入された、判別不能の文字を指さした。
「いやいやいや、こんなんじゃ俺かどうかもわからないだろ」
『ですが、記録上は貴方様で間違いないんです。大変心苦しいですが、ご協力頂けないでしょうか』
「え、えぇ...」
俺が渋っていると、No.100は頭を下げる。
『あとはここにサインを貰って、手続きを完了するだけなんです。お願いします!』
「って言われましても...」
『貴方様を無事に転生させるまで、自分ここを離れられないんです。それにまだ他の方の対応も残ってて...、クビがかかってるんです!』
No.100が正座し、(あるのかわからない)地面に頭を下ろす。
「ちょっとやめてくれよ...。死んだ身にそんなことされちゃ困るって」
契約したにしろしてないにしろ埒が明かないし、死んでまで誰かに迷惑をかけるのも嫌なので、仕方なく金の棒を手に取り【天秀 満瑠】とサインを書く。
『あ、ありがとうございます!』
No.100に契約書を返すと、入れ替わりで冊子を取り出し、こちらに渡してくる。
『こちらが、転生先のリストになります。ごゆっくりぃ...とは言えませんが、大事な二度目の人生ですので、慎重にお選びください』
「はいはいわかりましたよ」
冊子を開くと、1ページごとに大きくその世界を象徴する写真と説明文が記載されている。そして最初のページは俺が元居た世界だった。
「あんなのがおススメ度最高だと?文明や技術や欲に溺れて、悲しき進化を重ねたゴミだろうが」
最初から胸糞悪くなってきた、さっさと次のページを確認して、視界から外さなければ。とりあえず、ページを次々とめくって様々な候補を目に通したが、しっくりこないものばかりで消極的なのも相まって選ぶ気が失せる。
「なぁ、元居た世界以外でおススメは無いのか?」
『そうですねぇ、17ページのアーライルとかいかがでしょうか?』
「あ、このいかにも異世界転生的なとこですか...」
『そうですそうです。剣と魔法のファンタジーな世界でして、気分はさながらMMORPGで人気なんですよ』
そういうの、あんま興味ないんだよな。それでもNo.100の説明は続く。
『実力至上主義なので、別世界の技術を上手く再現できればもう勝ち組!そうでなくても高い能力を持って...』
「あぁ、もうそこでいいです」
選ぶの面倒だし、最悪すぐくたばればいいや。
『わっかりました!では転生の儀式を開始いたしますね』
No.100が両手を合わせて何かを詠唱し始める。すると彼の背中の光輪が移動し、俺を輪の中心に入れて回転し始める。No.100が詠唱を早め、光輪も加速していく。そうして触れれば切れてしまいそうな程に光輪が加速したところで、No.100の詠唱が止まる。
『準備が完了しました。ここでの記憶は消えますけど、次の人生頑張ってくださいね』
「え?」
『行ってらっしゃい』
No.100の言葉と共に光輪が強く輝き、暗闇を全て白い光で埋め尽くす。その真っ白な空間の中で、強い光に当てられた俺の意識は、再び途切れてしまう。
『ふぅ、転生完了っと』
光輪が元の光量に戻り、定位置の背中へと移動する。
『これで、あのお方も喜んでくれますかね』
金の棒をバインダーに収納し、彼も光点へと姿を変えてその場を後にする。
『さーて、次のお仕事お仕事っと』




