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5-1 バニラの心労



「ギムさん、本当に大丈夫何ですか? あの末っ子達だけ残してきちまって」


 コクダマチへと向かう護送車の中での事。両手を拘束された状態でバニラは隣に座るギムに声を掛けた。


 シルクスに警察が押し寄せて来た際、バニラだって最初は出来る限りの抵抗をして戦うつもりだった。だがギムの命令により戦闘は禁止され、その場にいなかったチロルとオルトを残し、シルクスは無抵抗のまま拘束をされ今に至るのだ。


 それからギムは尋問とは名ばかりな拷問を受け、結局訳も分からないままメンバー達は収容所に連れて行かれる事になってしまった。


 最も、殴る蹴るの拷問程度はギムからしてみれば大したダメージにもなっていないため、その点に関しては余りバニラも心配はしていないのだけれど。


 それよりも心配なのはここにいない妹と新米団員。まだまだ雛っ子な二人が目の届く範囲にいない事の方がずっとバニラの気を揉んでいた。


「あの二人なら大丈夫だろう。何、多少の金銭も残してある。飢えて死ぬような事にはならないさ」

「そうじゃなくて、俺たちが捕まったってなったら無茶をするんじゃないのか?」

「まさか。あの二人だけで収容所にでも乗り込むって言うのか?」

「ギムさんは油断してるけど、俺としては十二分にあり得る事だと思いますよ」


 特にチロルは特異な生育環境で育っているため、人間社会でも獣人社会でも生きていく事が出来ない。チロルが暮らして行けるのはシルクスだけなのだ。

 だからこそ、彼女はシルクスに執着をしている節がある。家族を大事にすると言うその言葉以上の重い感情を向けていた。


(まあそれ以上の理由はアレなんだろうけど……)


 バニラの眉間のシワが深くなる。

 オルトが烏丸カレンに取られるのでは無いかと焦る余り、貴族に暴言を吐いた前例だってある。家族の危機に過剰反応するチロルがこの状況下で大人しくしていられるとは思えない。


 そこでオルトがストッパーになってくれればと思いはするが、期待するだけ無駄だろう。


 オルトはチロルに恩がある。それこそ奴隷の身分から解放し、ヒトとしての生を与えられたと言う大き過ぎる恩が。

 愚直な程に真っ直ぐな彼が、忠義にも似たチロルへの恩義に背く筈が無いだからオルトは最終的に、彼女の意思を尊重しようとするだろう。


(一応、命賭けるような無茶はオルトが止めてくれるだろうが……チロル守ってオルトに何かあったんじゃ元も子もねぇ)


 どうか、どうか無事であってくれ。状況としては今の自分の方が遥かに悪いけれど、そんな物が軽く見えるくらいバニラの不安は尽きなかった。


「それにしても、どうなってるんですか。シルクスがテロの扇動って……」

「モネットの上演は、上層組織には些か刺激が強すぎたのかも知れないな」


 顎に手を当てて呟くギムの姿に、バニラは「そんな呑気な……」と溜息を溢す。


 自分達が今向かわされているコクダ収容所は、犯罪を犯した印付きの獣人が連行される場所。真偽の程は定かでは無いが、これと言った罪状が無くても収容所送りになる事例が多発している事で有名だ。


 そして大量に連行されたはずの獣人はいつの間にかいなくなる。実験動物の代用か、奴隷か。余った分はガス室送りか。ギムのようにある程度名前が世に知れていれば見せしめの銃殺刑が妥当だろう。


「どうするんですかギムさん。なんかずっと焦った様子も無いですけど、俺達このままだとろくな裁判もなくお偉方に示す成績の為に殺されるんじゃないんですか?」

「そうだろうな」

「そうだろうなって……」

「……そうならない為には、動く他あるまい」


 表情の分かりにくいトカゲのような顔がニヤリと笑った様に見えた。

 ああ、このヒト今碌な事考えてないなとバニラが冷たい視線をギムに向ける。


「ギムさんっていっつもそうですよね、俺達の事なんだと思ってるんですか!?」

「とても信頼している」

「あーはいはいその期待に応えてやりますよ!」


 ヤケクソだと叫んだものの、バニラはまたあの二人を思って表情を曇らせた。


(頼むぞチロル……お前の死体なんて、俺は見たかないからな……!)


 ギュッと拳を握り締め目を閉じた。


 早く、早く帰ろう。皆が笑ってサーカスについて頭を悩ませていたあの最愛の日々に。

 夢を届ける、煌めくステージに。


 祈るバニラは知る由もない。愛する妹が今、獣人街でその正体を明かされてしまっただなんて、知る筈もなかった。



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