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4-23 人間への制裁



「あ、あ……あぁ……ッ」


 じりじりとこちらに近付いてくる獣人達。

 チロルは立ち上がる事も出来ず尻を地面に着けたまま、ずりずりと少しずつ後退をする。恐怖で身体が強ばり、逃げ出す事も叶わない。


 殺される。殺される殺される殺される……!


「嫌だ……やめ……ッ」


 眼前に置かれた死への恐怖に震え、涙をうかべるチロル。その姿を見て満足そうにラコロは微笑んでいた。


「……サヨナラだ、シルクスのヒト耳少女」


 彼が言い残すと同時に、誰かがチロルに手を伸ばされた。


「……ッ!」


 反射的に立ち上がり、決死の思いでその場を走りさろうと地面を蹴る。だが人間の身体能力で、この獣人達の作り出す分厚い壁を越える事など出来るまい。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁッ!!」


 腕を掴まれて、そのまま地面に引き摺り倒される。その瞬間にチロルの口から零れたのは、マチを震わせるような絶叫だった。


 獣人の長い爪が彼女の白い肌に食いこんだ。

 ブツリと嫌な音を立て薄い肌が破れ、骨に沿うようにして刃物のような爪が肉を断つ。


 腕を掴まれただけなのに、彼女の腕にパックリと大きな裂傷が走っていた。その隙間から脂肪なのか骨なのか、白い何かが垣間見える。


「ぎ、いぃッ、いだっ、いィィいだい! ヒィっ、う、うぅあ……ああッ! や、やだ! ご、ごごご……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼︎」


 激しい痛みに体を丸めながら、チロルは何度も何度も謝罪の言葉を口にした。もう自分が何を口走っているのかも分からない。

 ただ、助かりたい。その一心で懸命に喉を震わせる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! やだ、許して……いたい、なんで……! 痛いよォ……! うぅうぅぅぅッ、ご、ごめんなさいぃぃ……ッ! 謝るから、謝るからァ……!」


 何に対する謝罪なのかも分からない。それでもチロルはただ同じ言葉を繰り返した。

 ガチャガチャと歯が音を立てて、全身が震えて言う事をきかない。


「ああぁ……なんでぇ……!」


 ドクドクと傷口が脈を打つ。流れ出る鮮血を見てチロルは涙を零した。

 こんな傷くらいで彼らが満足する筈がない。こんなに痛いのに、これじゃ足りない。


 自分に与えられる制裁はきっと、こんなものでは終わらない。


「人間は直ぐ死ぬぞ。あまり乱暴に扱うな」

「鉄線かなんか持ってこい! 少しずつ刺して肉を削ぎ落とすぞ!」

「家族が殺された連中呼んでこい! 良いか、全員少しずつだからな! 直ぐには殺すなよ‼︎」


 如何にして自分に恐怖と苦痛を与えるか。そんな算段が聞こえてくる。

 齢十四の少女は、すっかり恐怖に飲み込まれていた。


「うわぁぁぁぁッ、ごめ、ごめんなさ……あぁぁあぁぁぁぁっ‼︎ やだよ! なんでだよ! ボク何もしてない! お願いしますお願いします! いやだ、いやだぁぁぁッ!!」


 小さくて弱っちくて、ギャーギャー惨めに泣くばかり。震えて縋る事しか出来ない、余りにも哀れな少女。

 そんなチロルを救ってくれる相手は、この場にいない。


「うわぁぁぁぁッ! 痛いよ、痛い! なんで! 助けて……助けてよギム! バニラ……オルト!! オルトお願い……!! 助けてッ!」


 ここに居るのはそんな命乞いすら無為なものにされ、愛するヒトを奪われてきた。そう言う人種だけなのだから。


 チロルは何もしていない。だが人間達は余りにもおびただしい不幸を彼らに与え過ぎてしまった。

 獣人が持つ人間へのありったけの厭悪えんお。その大きさチロルは嫌と言う程知っている。


「許して、許してよエマ!!」


 錯乱した少女は憎しみに身を投じ、銃弾の前で死んだ友の名を叫ぶ。


「もうやだ、いやだ……殺してよ……いっそ死なせてよォ!!」

「そう言いながら俺の娘は生きたまま皮を剥がれたよ」

「知らない! ボクじゃない! ボクは何もしてない! ボクは……ボクは……ッ!!」


 幾度目かも分からない、少女の悲鳴が轟いた。


 獣人を愛し、獣人と共に生き、彼らの苦痛に心を痛め眠れぬ夜を何度も過ごしたてきた。そんな彼女に鉄槌が下される。

 罪状は人間である事。純然たる差別の前に、チロルの体が引きちぎられていく。


 どうして。


 声にもならない声で彼女は問い掛ける。それが目の前の自分の肉を削ぐ相手への言葉なのか、この世界そのものへの疑念なのか、当人にも分からない。


 どうして、こんなになっちゃったの。


 噴き出す鮮血により全身が赤く染められる。何も分からない。それでもチロルは激痛に喉を震わせた。


 痛い。苦しい。怖い。

 でもきっとまだ終わらない。

 救いの手は差し伸べられず、この命は緩やかに摘み取られる。


 もう斑声すら叫べぬ喉で彼女は啼いた。


 ああ、どうして。

 自分は獣人として産まれることが出来なかったんだろう、と。




第四部 異変の序章 了

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