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4-22 暴かれる正体



 ほんの一瞬だろうと心を許そうとしてしまった自分が馬鹿だった。彼はシルクスの味方なんかになり得ない。むしろ今家族達が捕らえられている元凶がこの男だったのだ。


 分厚い仮面の下にあったのは、狂気に満ちた、邪悪な笑顔に他ならなかった。


「お前……ッ、ぅあ‼︎」


 ラコロの吐いた真実に表情を歪めたチロルだったものの、直ぐに頬を片手で掴まれ背面の壁に体を叩きつけられる。


「……ッ」


 口元を押さえつけられ、足は地面から浮いた状態。苦しげに喘ぐチロルを前に、ラコロは自分の口元に指を立てると「シー……」と、まるで幼子を静かにさせるかのように口を鳴らした。


「騒いではいけませんよ、明星チロル」

「んん、んぐ……! んんー!」


 それまでの偽物の笑みではない。心の底から楽しそうに笑う彼の姿にゾッと背筋が凍った。


「今回のテロ、警察は獣人達から人間社会、主に貴族に向けた抗議によるものだと捉えているようです。当然ですよね、前例がありますから。十四年前、貴族蛇目家の屋敷が獣人もみで構成された抗議組織レジスタンスによって襲撃され全焼……中にいた人間は全員が殺害されている。今回の爆破テロであの一件を思い出さない人間はいないでしょう」

「ん……っ、ぅぐ……!」


 ラコロの鞭のような細い尻尾により全身が縛り上げられる。人間のそれでは無い強い力で体を拘束され、チロルは抵抗をする事すら出来ず、一方的に彼の話を聞かされた。


「では私はどうしてこんな事を始めたのでしょうか。答えは簡単です」


 そう言うとラコロは再びチロルの耳元で今回の事件を起こすに至った経緯について話し始めた。


「な……、そんな……じゃあお前は……!」


 その過程でみるみるうちにチロルの顔が怒りの色で染め上げられていく。


(コイツをこのままにしておいたらシルクスだけじゃない……このクニで生活をしている全ての獣人の未来が潰される!)


 彼の抱える憎悪の重さが、言葉としてチロルにのしかかって来る。

 キッと睨みつけてくるチロルを、ラコロは満足そうに見下げていた。


「手始めにあの男から、身内を奪ってみましょうか」

「ぎゃッ‼︎」


 突如して体の拘束が解かれて、チロルは地面に投げ飛ばされた。

 矮躯が地面に叩きつけられ、チロルの口から声が漏れた。


「……ッ⁉︎」


 彼女が放り投げられたのは、先程までラコロによって連れ込まれていた細い路地ではなく、ヒトの往来のある大きな通りだった。

 投げ飛ばされた衝撃に顔を顰めながらもチロルはラコロを睨み付ける。


「黒百合ラコロ……!」

「私に怒りをぶつけるのは結構ですが……大丈夫ですか? 大切な物をお忘れですよ?」


 そう言って彼が右手を挙げた。ラコロの手に握られていたのはチロルがいつも被っているケモノの耳を模した帽子が握られている。

 その光景を目にした瞬間、チロルの喉がヒュッと嫌な音を立てた。


 無い、無い……!!


 慌てて頭を両手で覆い隠すも、本来ならばそこにある筈の帽子は当然無い。指先が丸い耳に触れる。

 この場所で人間の証を表に出す事がどれだけ危険か、ニーシャとの話で嫌という程理解させられている。

 獣人街で最も高い価値が付けられるのは、生きた人間だ。


「か、返せ!!」


 白い肌を真っ青にし声を震わせながら叫んだチロルを、ラコロはとても楽しそうに見下ろしていた。

それなのに立ち上がって帽子を奪い返す事すら出来ない。恐怖に足が竦んで、動けなかった。


「……あれ、人間?」

「嘘でしょ? なんでこんな所に」

「それっぽい獣人じゃないの?」

「でもあの尻尾、作り物じゃない?」

「まさか。有り得ないよ」


 怯えるチロルに通行人の何気無い呟きが投げ掛けられる。


「……っ! ……!!」


 声がする度にチロルは自分の耳を隠しながら周りを見回していた。チロルが何者であるのか、しげしげとこちらを見つめてくる無数の視線が怖くて堪らない。


 駄目だ、どうしよう。隠せない……!


「返したいのも山々ですが……私よりも皆さんの方が貴方に用があるらしい」


 そう言うとあろう事かラコロはチロルを道の真ん中への蹴り飛ばすと……。


「人間だァーッ!!」


 あろう事か、声高に叫んだでは無いか。


「やめ……ッ!!」


 チロルの制止は何の意味もなさない。彼の声が辺りに響き渡るのを、ただ見ている事しか出来なかった。


「人間……?」

「人間?」


 その声を合図に、それまでチロルの存在に気が付いていなかった者達までもが彼女に視線を向ける。


(嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ……! こんな、なんの冗談だよ……!!)


 ここは獣人街。

 人間により迫害をされ、太陽を失った者達が集まる場所。

 そして獣人至上主義のような過激な思想が生まれる場所でもある。


(死ぬのか……? ボクはここで、家族を助けられないまま、獣人達に殺されるのか……?)


 最悪の結末は余りに容易に想像が出来た。

 明かされてしまった正体。これから待ち受けるだろう制裁については、考えるまでも無かった。



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