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4-18 束の間の休息


 ニーシャの後について数十分程歩いていくと、それまでの漆黒の闇から一転してマチの灯りが見えてきた。


 かつてチカテツ内に作られていた広い空間。そこを利用して獣人達が暮らしている獣人街だ。獣人達だけで生活を送る、人間のいないコミュニティーに二人は初めて足を踏み入れる。


「マチイヌマチのチカテツ獣人街、通称犬塚だ」


 三人が歩いているレールの両サイドにはオルトの背丈程の壁があり、その向こう側にそれぞれマチが広がっているようだった。


「ここはホームって呼ばれる何もないところ。階段を上がった先には、カイサツ周りとデパチカ辺りには店があったり、まあマチが広がってんだ」

「ホーム? カイサツ?」

「デパチカ……?」


 耳慣れない単語に二人は揃って首を傾げる。


「意味はニーシャも知らんよ。昔からそう言うから、そのまま言葉を使ってるだけさね」


 旧時代から残るレールの周辺をホームと呼ぶ事だけは理解出来た。その辺りには獣人街の弱肉強食に着いて行く事が出来ない、力の弱い者達が集まって息を殺して生活をしているらしい。ニーシャもそのうちの一人なのだそうだ。


「三人もいると、ちと手狭だが勘弁してくれや」


 ニーシャの住処は、レールの両サイドにある高い壁の中にあった。避難用か何かのために開けられていた穴が長年かけて少しずつ拡張され、小さな小部屋のようになっている。


 何処からか拾ってきたのだろう小さなテーブルに、擦り切れたラグマットが床に敷かれていた。

廃材で作られただろう棚には、ガラクタが大事そうに収納されている。ラベルの着いた小瓶。ハンカチのようなもので作られたワンピースを着ている人形。それから折れた傘の柄の部分。一見して価値の無いように見えるけれど、この地下の世界では手に入れようが無い品々なのかもしれない。


「そういやおまーさんらの名前、聞いてなかったな」


 名前を知らない者達を自宅に上げてしまって大丈夫なのだろうかと、チロルは少々彼女の事が心配になった。


「ボクはチロルだ」

「オルトです」

「チロルにオルトな。ま、ゆっくりしていけや」


 そう言うとニーシャは、額に取り付けていたヘッドランプを低い天井に打ち込まれた釘に引っ掛ける。


 元々レール脇の壁は高さがオルトの背丈より少し高い程度しかなく、その中に作られた洞穴の中も全員が腰を屈んでいなければ立ってられない程の高さしか無い。


 ただここまでの移動で疲労が溜まっていたチロルとしては、ある程度の明るさがある場所で横になれるだけで十分だった。


「ここは地下でもそれなりに明るいんだな」

「旧時代から電気が通ってたらしい。それを直せる奴が管理してんだよ。そう言う技術がある連中は大体、そのナワバリを管理するマフィアに抱え込まれてインフラの整備なんかをさせられる」

「地下の環境整備はマフィアの仕事なのか?」

「自分のシマを守るのも連中の仕事なんさね。最も、隅っこでひっそり暮らしてるようなニーシャにこの社会の細かい事なんてなんも分からなーけどな」


 あっけらかんとした口振りで彼女は話していた。


 ニーシャに家族はいないらしい。ここでは良くある事だと言う。

 獣人街出身のエマもバニラも、幼い頃に家族を亡くしている。家族を最も大事しにしているチロルからしてみれば、信じたく無い話だが、この場所では取るに足らない有り触れた話のようだ。


「ニーシャはずっとここで暮らしているのか?」

「むしろ、この体で出て行けると思うかァ?」


 売りに出されるのだって明日は我が身だと彼女は言った。だから束の間でも自分を守ってくれるヒトが欲しかったんだと。


「ニーシャ逃げ足だけは誰よりも早い。だから今日まで捕まずに済んでるけど、寝込みを襲われたらどうなるか分からなーよ。だから強い奴が近くに居てくれると安心する」


 この所獣人街にヒトが流れ込んできているらしい。生存競争が激化すれば、当然治安が荒れてしまう。


「なんか大きな事が始まろうとしてるんじゃ無いかって、ご近所のジジイは言ってたなぁ」


 獣人街の人口増加は恐らく、烏丸別邸爆破事件以降、獣人への風当たりがそれまで以上に厳しくなった事が深く関係しているのだろう。地上での居場所を無くした獣人達が、地下に流れ始めているのだ。


 シルクスの冤罪を証明し、真犯人を見つける事が出来ればニーシャのように力を持たない獣人を守る事にも繋がるのかもしれない。


「ところで、おまーさんらはどうしてチカテツに入ってきたんだ? 地上の話、聞かせてくれや」


 ニーシャの言葉に二人は再度視線を合わせた。

 彼女の事を信用しきれないと言うのもあるが、ここが獣人街である以上チロルの素性に関してはひた隠しにして置いた方が良いだろう。


「……家族を取り戻しに行くんだ」


 そう言うとチロルは自分達がサーカス団の団員である事。冤罪を掛けられテロを扇動したとして家族達が捕まってしまっている事。それを助けるために家族が収容されているコクダマチを目指しているだと説明をした。


「難しいことはニーシャには分からねぇが、表の世界も大変な事になってんだな」


 ここにいる間であれば多少の面倒は見てやるとニーシャは言った。二人は彼女の好意に甘えて、チロルの体力の回復と次の旅に出る支度が整うまでの間、彼女の家に滞在をさせて貰う事になった。


 その日の夜、二人は地上でのサーカス暮らしについてニーシャに話して聞かせた。チロル達の話を聞きながら彼女はずっと目を輝かせている。チカテツから出た事がないニーシャにとって地上での生活はまさに御伽話のように聞こえた事だろう。


 それで、それで? それはなんだ?


 子どものように質問を繰り返すニーシャに付き合って、オルトはいつまでも話を聞かせた。一方で早々に体力が限界を迎えてしまったチロルは、オルトに抱き止められたままうつらうつらと二人の会話に耳を傾ける。


 シルクスでの旅の話。

 毎日の仕事が大変だった事。賑やかで騒がしい家族達の事。

 目の前が輝いて眩しいくらいだった、モネットの舞台の事。


 オルトが語る沢山の思い出話はどれも楽しげで、聞いているだけで胸が躍るようだった。


 彼自身、決して楽しいばかりの人生では無かっただろうに。それでもシルクスに入ってからの彼の記憶がこんなにも色鮮やかで美しいのか。


 それならば良かった。あの日彼をシルクスに引っ張り上げる事が出来て本当に良かった。

 薄らいだ意識の中でチロルは最も大切ば場所に思いを馳せる。


(モネットの時は台詞回しに不安があったけど、それも随分改善されてきてるな……)


 でも、もしかしたらもう二度と彼が舞台に上がる日は来ないのかもしれない。


 今家族達がどうしているのか。

 苦しい思いはしてないんだろうか。不必要に痛めつけられたり、心に傷を負わされるような目にはあってないだろうか。


 煌びやかなオルトの会話はチロルの楽しかった記憶を呼び起こさせる。それと同時に、今彼らと一緒に笑っていられないこの状況の寂しさと心細さを、浮き彫りにさせるようだった。


 眠るふりをしながらチロルはこっそりと涙を溢した。どうか愛する家族達に不幸が降りかかっていませんようにと、祈る事か出来ない状況がどうしようもなく歯痒かった。


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