1-7 誘拐事件
〇〇〇
「やっと見つけた」
親切なヒトに道を聞いて、何とかチロルはお目当ての手芸屋を見付ける事が出来た。
チロルがいる細い路地は、大通りから少し外れたテツノキの影になった場所だった。
だがここを真っ直ぐ行けば、目的地までは直進で残り数十メートルで辿り着く。獣人のような見た目のチロル相手に、地元のヒトしか知らない近道を教えてくれた老婦人に感謝をしなければ。
さて、今日は何を買おう。スポットライトに当たってキラキラと輝くサテン生地も良いが、次の公演の内容を考えると、もう少し控えめな方が好ましいかもしれない。
あれそれと思案を巡らせていたチロルは、背後から近付いてくる気配に気が付く事が出来なかった。
もし彼女が本物の獣人であったのならば、足音等を察知する事も出来たのかもしれない。
「んッ⁉︎」
突如、背後から伸びてきた手によって口を塞がれた。
口と鼻に当てられた布からツンとした臭いがする。何か薬品が染み込ませてあるのだろうと咄嗟に息を止めた。
「……ふっ!」
慌てる事無く、チロルは背後から襲いかかってきた男の鳩尾に思い切り自身の肘を打ちつける。
「ぅぐ……ッ!?」
男がくぐもった声を漏らすと同時に拘束が緩まった。その隙をついて距離を取ると、彼女はそのまま相手を確認するよりも早く、大通りに向かって走り出した。
相手が強姦なのか強盗なのか分からないけれど、そんな事どうでも良い。まずはヒト目がある場所に逃げ込むのが先決だ。相手が何者であろうとも、流石に大勢の目がある前で暴力に走れやしないだろう。
後数十メートル。自分の足でならば追いつかれる前に走り切れると確信した。
だが……。
「ギャッ‼︎」
路地に置かれていたごみ収集用のボックスの死角から、突然飛び出してきた男に思い切りタックルをされる。彼女の小さな体は最も容易く吹き飛ばされた。
大きな音を立てて、チロルの体が建屋の外壁に衝突する。
「ぐ……ッ」
背中に走る強い痛みに思わず顔を顰めた。喉の奥からくぐもった呻き声が溢れる。頭を打ってしまったのだろうか、視界がクラクラと揺れた。
(クソ、後ちょっとだったのに、もう一人いたなんて……ッ)
何とか立ち上がろうとしたチロルだったが、そんな彼女の口を男が覆う。抵抗虚しく、最後は息苦しさから薬剤を吸わされてしまうと、そこで彼女の意識は途切れた。
チロルが最後に見たのは、自分を取り囲む下衆な男達の視線だった。