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4-15 地下の世界へ


「オレも知識でしかしりませんが、兎に角治安の悪い危険なところなんですよね」

「でも他にルートもない。一刻も早く、ボク達はコクダマチに向かわなくちゃならないんだから。この際あーだこーだ言ってられない。幸いにもチカテツなら、人間の警察の検問も無視して突破出来る」


 あの場所ならば確かに人間である警察の目は届かないだろう。だが地下に追いやられたような獣人達は基本、人間に激しい憎悪を向けている。獣人至上主義のような思想が生まれたのもチカテツだ。


(そんな場所にチロルさんを連れて行って……果たしてオレ一人で守り抜けるのか……!?)


 普段は帽子やアームカバー、そして特徴的なメイクを施しているため、身体的な特徴の薄い獣人に見えなくもないチロルだけれど、もし彼女が人間である事が地下で明らかになってしまったら。


 考えられるのは彼女にとってのトラウマでもあるエマの件の再来だ。獣人街に人間が紛れ込んだ事が明らかになれば、間違いなくチロルに怒りの矛先が向けられる。


「覚悟の上だ」


 その言葉にオルトの身体が跳ねた。

 彼の考えを見透かしているのか、チロルが真っ直ぐに視線を向けてくる。


「ボクはこのまま何も出来ずに家族を見殺しになんて出来ない。どうしてシルクスの皆んなにこんな冤罪が吹っ掛けられたのかも分からない。そんな事したクソ野郎を一発ぶん殴らないと気が済まないんだ」


 例えこの身を犠牲にしようとも。

 言葉に出さずとも彼女の言いたい事が理解出来てしまった。


「お前にその気がないなら降りて貰っても構わない。ボクは一人でも、地下に行くぞ」


 もうチロルの中に他の選択肢は無いのだろう。オルドが止めようとも彼女は本当に一人でも地下に乗り込んでいってしまう。


 オルトの知っているチロルという少女は、そういうヒトだった。

 何か特別なものを持っている訳でもない。それでも愛する家族のために無理も無茶も出来てしまう、そんな女の子。


「まるでシンジュクに戻ると決めた時のシオンですね……」


 いつかの役名を口にしながら、オルトは彼女の手を握る。


「チロルさん一人で行かせたりなんてしません。必ず、オレが貴方を守ると誓います」


 言葉ではなく、手を握り返す事でチロルはオルトの言葉に返事をした。


「必ず皆んなを助けましょう。また全員で、舞台をやるために」

「ああ……シルクスを、ボク達の光を取り戻そう」


 方法なんて誰にも分からない。

 コクダマチに着いた所で自分達に何が出来るのか検討も付かない。


 それでも二人は日常を取り戻す為に、何が待ち受けているかも分からない地下へと向かう事を決めた。

 それ以外の選択肢は見つからなかった。





 チカテツに入るための入口はマチの中に複数箇所ある。


 一つがエキと呼ばれるテツノキの一種。旧時代にも使われていた、恐らくここが正規ルートなのだろう。だがその辺りは獣人街の獣人が不用意に人間社会に紛れ込まぬよう、普段から警備の目が光っている。獣人によるテロが起きた現状、とてもじゃないがエキからチカテツに向かうのは不可能だった。


 他にもエキでなくてもチカテツに続く階段が伸びている場所は幾つかあるものだが、そちらに関しても人間のマチの中心部やエキの近辺にしかないため現実的では無い。


 そうなるとチロル達が選べるのは地上まで伸びたテツノカワからレールを伝って地下へ侵入するルートだ。こちらも多少は監視の目があるものの、エキを通るよりはリスクが少ない。加えて事前に何度も地上に出て確認をしたため、巡回の目を免れるのは容易だ。


 人工的に作られたトンネルの中に吸い込まれるようにレールが続いていく。まるで地獄の釜がこちらを飲み込もうと、口を開けて待っている様で背筋が凍った。


「不気味だな……」

「本当ですね」


 ヒュぅっと音を立てて風が飲み込まれていく様を眺めチロルはグッと息を詰まらせた。


 決行は日が落ちてから。巡回の目が途切れるその隙間を狙って、二人はチカテツの中に足を踏み入れた。


 地下世界は大きく分けてマチとマチを繋ぐレールの残された場所と、獣人街が形成される広い空間の二つに分かれている。


 地上から地下へと侵入した二人は、まず最初に延々と続く暗がりの中をレール伝いに歩いていくしか無かった。


 日の光が届く事のない地下に続くトンネル。もし今が日の昇る時間帯だったとしても、きっと暗さは変わらないだろう。一寸先すらも見えない闇とは正にこの事だ。どれだけ目が慣れてようと何も捉える事が出来ない。身体能力に劣るチロルだけではなく、オルトも同じなのだろう。


「大丈夫ですかチロルさん。手を離さないでくださいね」

「言われなくても……お前がいなくちゃどっちが前で後なのかも分かんないよ」


 光の無い空間で、頼りになるのはオルトの耳と鼻だけ。しかしトンネルの中は音が周囲の壁に反響している事もあり、恐らく彼の五感も地上程信用出来ない。


 それでも、必死にしがみ付いているオルトの腕だけが、今のチロルを守ってくれる命綱だった。

 マチからマチへの長距離移動を徒歩で行う。それだけでも骨が折れると言うのに。


「正直、舐めてたな」


 敢えて声に出してそう言った。


 チロルが口を閉じればまた、コツンコツンと二人分の足音が妙に耳についた。呼吸音と拍動音。自分の体の中で普段から鳴っている音も、嫌に大きく聞こえて気味が悪い。


 この先に何が待っているのか。いつこの闇から何か恐ろしいものが飛び出してくるんじゃないか。視界が奪われた状況ではそんな恐怖心ばかりが募っていく。思考を沼地に絡め取られるような嫌な感覚だ。


 だからこそオルトがいてくれて良かったと心から思う。もし彼がいなければきっと、この道を進んでいくだけでも心が折れてしまっていただろう。


 時間の感覚も方向感角も奪われる真っ暗闇は、人の精神を病ませるにはきっと十二分の効果がある。そしてそれに耐えられる程自分が強くない自覚があった。


 どれだけそうやって進んでいったのかも分からない。暗闇を歩く恐怖は薄れてきたものの別の問題が浮上してきてしまった。


「ごめんオルト……はッ、そろそろボクが……」

「すみません! 休憩にしましょう……!」


 オルトも気を張っていて、チロルの変化にまで気が付かなかったのだろう。


 依然として獣人街が見えて来る様子も無い。チロルの体力が限界を迎える前にと、二人を僅かな水と食糧を分け合い、身を寄せ合いながら体を休める事にした。


 オルトの腕に抱かれてチロルは目を閉じる。少しゴワゴワした彼の毛並みに包まれると少しだけ気持ちが和らいだ。緊張感から溜まった疲労と自分よりも高い体温に引き摺られて、チロルはあっという間に微睡みに吸い寄せられていった。



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