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4-14 下水のかくれが



 日ノ斗亜王国には旧時代、下水処理の為に作られたであろう地下水路があちらこちらに張り巡らされている。地盤沈下や落石等の要因により一部が使用されなくなってる場所もあるけれど、その殆どが現代においても川に繋げる等して排水の用途ときて使用されていた。


 そしてその地下水路には当時水路内の整備や水量の管理等の為に使われていたのだろう、人が入れるようなスペースが確保された場所がいくつも存在している。


 オルトは下水の異臭に耐えながらもその中でじっも息を潜めていた。


 シルクスにテロ扇動の容疑が掛けられた今、誌面に顔が載ってしまっているオルトは警察から追われる身。下水道の臭いはキツいけれど、表を歩く事が出来ないオルトにとってこの場所はかっこうの隠れ蓑だった。


 カンカンカンと、下水道内を歩く音を捉え、オルトの耳がピンッと上を向く。

 足音からして体重は軽い。歩調のクセからしてみても、彼が待っている相手で間違いないだろう。


 息を潜めて様子を伺っていると、暗がりの中から少女が現れた。その姿にオルトもホッと胸を撫で下ろす。


「お帰りなさいチロルさん」

「ただいま。そっちは変わりないか?」

「ヒトっ子一人来る気配ありません。良く知ってましたね、こんなところ」

「昔、バニラと二人でふざけて入った事があるんだよ。結果ギムのゲンコツ、三日は腫れが引かなかった」


 そう言って彼女は肩を竦めてみせる。

 チロルの口から家族の話題を出す余裕が出てきた事にオルトは小さく息を吐き出した。


「だけど地上での捜索から地下への捜索に切り替えるって、警察官同士が話してる所を見掛けた。ここに隠れていられるのも時間の問題だ」


 そう言ってチロルは、目深く被っていたフードを外す。

 幸いな事に千秋楽の写真は出回っていないため、彼女の存在は未だに公になっていない。元々が裏方に徹していたと言う事もあり、警察側がチロルと言う存在がシルクスにいた事を掴む手立てが無いのである。


 人間である事そのものにコンプレックスを持つ彼女には申し訳ないが、この状況下では彼女の人種に助けられてばかりだ。


「何か新しい情報は掴めましたか?」


 チロルが調達してきた食料を受け取りながら尋ねる。こんな状況に追い込まれてからと言うものの、身を隠すしかないオルトは表の様子を探るにも全てチロルに一任させるしかなく、その事を心苦しく思っているのだが、気持ちが焦るばかりで何もやれる事がない。


「目ぼしいものは何も。ただラジオの内容から皆んながコクダマチの収容所に送られる事は確定した」


 コクダ獣人収容所。そこは名ばかりな裁判所が併設された獣人専用の刑務所だ。


 印無しの獣人は法律上野生の獣と同等の扱いを受けているため、犯罪を犯した場合にその場で処理される事が殆どだ。だが表向きには印付きの獣人には人間と同様の人権が付与されている。その建前を守る為に作られたのがコクダを含めた各地に設置されている収容施設なのである。


「それなら概ねこちらの予想通りですね」

「下水道に隠れてられるのも限界なら、一刻も早くコクダマチに向かうべきだろうな」

「そうッスね」


 大きなベーコンと野菜が挟まれたサンドイッチを齧りながら、チロルは鞄から地図を取り出した。


 現在地と目的地の確認を行う彼女を横目に見ながらも、オルトの不安が尽きる事は無い。気丈に振舞っているのはきっと、そうでもしないと泣き崩れて動けなくなってしまうから。


 シルクスの面々が連行される中、熱を持った身体を震わせながら泣いていたチロルの姿が頭にベッタリと張り付いて離れない。


「いくら何でもおかしいだろ……屋敷が爆破されてから警察が動くまでが早すぎる……! こんなの、最初からシルクスを犯人に仕立て上げようとしてるみたいじゃないか……!」


 暫くの間、彼女は現実を受け止めきれずに声を荒らげて泣いてばかりだった。


「ギムがテロを扇動してたなんて馬鹿馬鹿しい報道しやがって……誰よりも平和を願っていたうちの馬鹿親父が、そんな事する筈が無いだろうが……ッ」


 頼みの綱である筈の父すら、なんの前触れもなく連れて行かれてしまった。


 きっと心細くて仕方がなかったのだろう。壁を蹴り行き場のない怒りと何とかして向き合おうとするチロルの姿は余りにも痛々しいものだった。


 今でこそ落ち着いて情報の収集等を行えているけれど、それもきっと虚勢を張っているだけに過ぎない。一緒に過ごした時間はそれ程長くないけれど、チロルと言う少女が存外脆いのだとオルトは知っている。


 彼女は本来、良くも悪くも年相応の少女でしか無いのだ。生育環境が特殊ではあるけれど、舞台と歌と家族を愛し、夢を抱いて生きる普通の少女でしかない。


(この所眠れてもないから、目のクマが酷いな……)


 ここにいるのはサーカス団育ちの非力な少女と、長年奴隷として生きてきた世間知らずの獣人だけ。

 これまで一座を守ってきてくれたギムのように、知恵を回して彼らを助ける手段なんて、現状何一つ思い付かない。思い付くあてもない。


「絶対、絶対に皆んなを助けるんだ……!」


 サンドイッチを飲み込みながら、まるで自分に言い聞かせるような口振りでチロルは言い切った。


 頼れる相手が何処にもいなくても、やるしかないのだ。


 座長を含めたメンバーの大多数が逮捕されてしまい、シルクスは事実上の解散状態にある。動けるのは、たまたまカレンの元を訪れていて難を逃れたチロルとオルトの二人だけ。自分達が何とかしなければ、シルクスが今後どうなってしまうか分かったものではない。


 このクニで国家反逆罪は死刑にあたる。ただ手をこまねいているだけでは、来たる未来は捕まってしまった彼らの銃殺刑だ。このクニは印付きだろうと獣人には優しくない。


「ねぇオルト、シルクスはもう帰ってこないのかな」


 シルクスが連行されてしまった後、泣きじゃくっていた彼女の姿を思い出す。


「あそこはギムが守ってくれてた場所だった。特別な印を持つギムの権限で、その形が保たれているような場所だったんだ。それが、なくなるのかな……っ」


 震える体は熱を持ったように熱くて、余りにも細くて頼りない。


「ボクが話題性欲しさにモネットをやろうなんて提案をしたから、シルクスがなくなるのか……ッ⁉︎」


 そんな事は無い。何度そう言い聞かせてもチロルは自分のせいだと泣いて譲らなかった。


「助けましょう。オレ達で。何が出来るか分からないけど、オレは……シルクスの皆んなにたくさん助けてもらったから。だから、今度はオレが皆んなを助けたい!」


 オルトの言葉を受けて彼女は何とか立ち上がった。

 壊れそうになるチロルを支えているのは、家族を救いたいと言う一心のみ。


(オレだって、ギムさんを信じたい。あのヒトはオレを救ってくれた第二の恩人だ。でも……)


 オルトだって概ね彼女と同じ気持ちだった。ギムがいなければオルトは今頃、コートの飾りのファーか、貴族の部屋の敷物にでもなっていた事だろう。


(ただそれでも、奥様があの時残した言葉は……何だったんだろう……)


 美しかったあのヒトはもう、この世界の何処にもいない。


 オルトは彼女を憎んでいた。べったりと体に染み付いた甘い匂いが嫌いだった。それでも死んでしまったとなればもう、嫌悪する気力も起きない。最期の最期に彼女自身が愛のカタチが分からない哀れな女性だったと知ってしまったのも大きいだろう。


「オルト、どうした? 体調悪いのか?」

「い、いえ。大丈夫です。そんな事より……どうやってコクダマチに向かいますか?」


 再び地図に視線を落とした彼女の表情が曇る。


「検問も、顔が割れてないボクだけなら突破出来るだろうけど……今は特に獣人の出入りに厳しくなってる。オルトは雑誌にも顔が載っちゃってるから、見つかったら多分一発アウトだ」

「そうなると……」


 チロルがこちらを見て首を縦に振る。


「チカテツを通っていくしかないな」


 この下水道では何処まで道が繋がっているのかも定かでは無い上、警察の目が届く可能性も高い。


 チカテツとは地下に作られたテツノカワの事を指す。旧時代には物資や人の運搬に使用されていたらしいチカテツは、東都中にアリの巣のように張り巡らされているため、スグマミマチからコクダマミまでの順路の確保も可能だった。


 だが懸念点があるとするならば、チカテツは単に地下にレールが張り巡らされているだけではなく、その途中途中に小規模ながらヒトが住めるような広い空間が点在している。

 そして、そこで暮らしているのは地上の広い世界を追われた者達。


 地下の世界は獣人達の領域、獣人街に当たるのだ。


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