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4-13 豚のハラ



   ○○○




 スグマミマチの飲食店【豚のハラ】


 カランコロンと客の入店を告げるベルが鳴ると、目深くフードを被った一人の客が店内に入ってきた。背格好からして女性だろうか。

 来店した客はカウンター越しに店主に声を掛けてきた。


「テイクアウトは?」

「可能だよ。何を頼むんだい?」

「特製サンド。大盛りで二つ」


 細身の外見に反して随分な大食漢だと店主は目を見張った。だが金を払うのならば物を売らない道理もない。


「特製大盛り二つね。千二百園になるよ」


 懐から財布を取り出すとカウンターにちょうど銀貨一枚と小銀貨二枚が出された。代金を受け取った店主は調理場にいるスタッフに先程の注文を告げる。


『西東都警察は先日の烏丸卿別邸爆破事件について、獣人によるテロ行為の可能性が高いとして調査を進めており……』


 ラジオから流れてくるのはこの所物騒なニュースばかり。こうも嫌な話が続くと気が滅入ってしまうけれど、だからこそここに食事を取りに来た客くらいには少しでも明るい気持ちになって欲しいものだと店主はで願っている。


『警察は獣人サーカス団シルクスのメンバーと、一座の座長である明星ギム容疑者を、テロ煽動の容疑で身柄を拘束。現在事情聴取と合わせて家宅捜索が行われているようですが、決定的な証拠は見つかったおらず……』


 どうも今し方入ってきたこの客はラジオのニュースが気になって仕方のない様子だ。先程からじっとラジオに視線を向けている。


 ふと、一心不乱にラジオを聴くその客の姿に違和感を覚えた。

 どうしてこの客は店内に入ってからもずっと、目深くフードを被ったままなのだろうか。その姿を隠さなければならない理由でもあるのだろうか。


「アンタ、そのフードを外しちゃくれねぇか」


 店主の声掛けに、客は「何故?」と質問で返してきた。やはりやましい事があるんだろうと、店主は睨みをきかせる。


「良いから外せ」

「嫌だと言ったら?」

「飯は売れねぇ。うちにケモノの餌は置いてねぇんだ。とっとと失せろ!」


 語気を強めると、客は小さく溜息を溢した。それからパサりと頭に掛かった布を払いのける。


「……ほら、これで良いのか?」


 店主の予想に反してフードの下から出てきたのは、つるんとした丸い耳。目鼻立ちからしてもとても獣人のそれには見えない。齢十代半ば程だろうか、ごくごく普通の人間の少女が彼の前に立っていた。


 その姿に店主は胸を撫で下ろす。


「なんだ、アンタ人間だったのかい。顔を隠してるから俺ァてっきり獣人が来たのかと……」

「日差しに弱いからフードを被ってるだけだ」

「そうだったのかい。悪いな、獣人なんかと勘違いしちまって」

「……別に、このご時世だ。警戒するのも無理は無い」


 そう言いつつも店主の勘違いに腹を立てているのか、少女はふいとそっぽを向いてしまった。拗ねたような少女の表情に心底申し訳ない事をしてしまったと、店主は改めて謝罪をする。

 そうだ、獣人なんかに間違われて気持ちが良い筈が無い。


 視線を背けた少女は、店内の隅の天井付近に付けられたラジオを相変わらずじっと眺めていた。


「アンタ、このマチの人間かい?」

「家族と一緒に行商をやっている。父が買い付けに出ている間に、弟と食べる昼飯を買いに来ていた」

「そうだったのかい。弟さんも食べ盛りだろう」


 店主はカウンターに肘を乗せると、身を乗り出して彼女と少しばかり話をする事にした。


「旅をしてるアンタは知らねぇと思うが、ニュースで言ってるサーカス団ってのがついこの間までこのマチにいたんだよ」

「……獣人がやってるって言う、サーカス団が?」

「ああ、何でも雑誌で取り上げられた事もあるとかで、隣の奥さんなんかはミーハーでな? チケットが取れただ観に行くんだってはしゃいでたが、俺ァ最初から反対してたんだ。自分のマチに獣人を入れさせるなんて何があるか分からねぇ。危なっかしくて、子どもらをオチオチ外で遊ばせておけねぇだろってさ」

「獣人だから?」

「当たり前だろう。そしたらお前さん、本当に連中やりやがったんだよ。貴族の屋敷をボカン! だ」

「爆破されたのは別邸だったんじゃ?」

「関係ねぇだろ。確かにあの屋敷の女は何人もの獣人を飼ってて薄気味悪い女だったけどよ。だからと言って屋敷ごと燃やしちまおうなんて誰も思いつかねぇよ。全く、獣人ってのはおっかねぇ連中だ」


 そんな話をしていると厨房の方から注文の品が袋に詰められて運ばれてきた。店主はそこにおまけのスナックを詰めるように指示をする。


「旅の暮らしは疲れるだろう。大したもんじゃないが妙な勘ぐりをしちまった詫びだ。食ってくれ」

「ありがとう。弟も喜ぶと思う」


 オマケのスナックに気をよくしてくれたのか、少女の表情が僅かばかりに和らいだ。何年も前に嫁に行ってしまった自分の娘を思い出し、店主の表情も柔らかくなる。


 こんな小さな少女を獣人なんかと間違えてしまった。なんて酷い事をしてしまったのだろう。


「またこのマチに来る事があったら寄ってくれや」

「そうさせてもらう」


 そう言うと、彼女はまたラジオの方を一瞥して見せから出ていった。

 ラジオから流れてくるニュースはいつの間にか、違う話題に移り変わっていた。





 店から出た少女……チロルは燦々と輝く太陽を睨み上げながらフードを被り直す。


(こんな店二度と来るか、馬ぁ鹿)


 心の中で店の看板に向かって中指を立てる。

 獣人差別が蔓延る店なんて、こんな状況下でなければ誰が来るものか。


(それにしても……獣人に間違われるような格好をしてる時は物を売られないなんてザラにあるのに。人の格好をしてるとこうも簡単に買い物が出来るんだな)


 これまで疎ましくてならなかった人間の体がこうも役に立つ日が来るとは。皮肉なものだ。自分までもが獣人だったら、こうして食事を買う事すら出来なかったかもしれない。


(皆んな……どうか、お願いだ。無事でいてくれ)


 湿気を帯びた生温い風が肌を撫でる。この風はまるで今の社会に蔓延っている嫌な空気をそのまま再現しているみたいで気分が悪い。


 それでもチロルは前を向き、フードを目深く被り直すと身を潜めるための場所へと戻って行った。




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