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4-11 奇妙なすれ違い


「……」


 それにしても、オルトの処遇について当人とカレンの中でここまで認識の齟齬があるのはどうしてなのだろうか。

 オルトは元々、獣人に関する何らかの研究を行う場所で育ったと言っていた。恐らくは動物実験の代用として使用される予定だったのだろうと、他ならぬ彼から聞かされている。


 だがチロルは、以前からその話に疑問を持っていた。


 地方貴族とは言えど金なんていくらでもある筈だ。元実験用の獣人なんて引き取らなくても、いくらでも好みの者を買えただろう。

 どうしてわざわざ実験所からオルトを引き取ったのか。


 そのことに関してチロルが尋ねると、またしても予想外の反応がカレンから帰ってきた。


「ここにいる子達は皆んなわたしが選んであのヒトに買ってもらった子達よ。でもノワールは違う。その子はある時リヒトさんが突然うちに連れてきたの。新しいプレゼントだと、そう言って」


 愛人のうちの一人が獣人奴隷の収集が趣味だからと、適当な個体を貰い受けてきた。それだけの話なのだろうか。


 だが分からないのがその後の話だ。どうして烏丸リヒトは実験所で廃棄される筈だったオルトを一度愛人であるスミレに渡し、二年経ってから研究所に戻すと言って奴隷商人に流したりしたのだろう。


(貴族ともなれば奴隷を買い付ける正規ルートくらい持っているだろ。どうしてボクが出会った時にオルトを所有していたのが、非合法の奴隷商人達だったんだ?)


 あの時はオルトの所有者が非合法の連中だったからこそ、資格の有無を盾にオルトを救う事が出来た。だが今となってはそれも不自然極まりない様に思えてならない。


(オルトの売買に足が付かないようにしていたのか? どうしてわざわざそんな事を?)


 この場にはいない、烏丸卿の考えている事が読めずに当惑するチロル。隣に座るオルトもそれは同様だった。


「突然連れて来られて、突然いなくなってしまった子だったから。サーカス団の記事を見た時に写真に映り込んでいるのを見て驚いたものよ。まさかその場に貴方までいるとは思ってもみなかったけれど……」


 彼女としてはただ現在オルトの様子を見てみたかっただけらしい。それにしては出入り口で随分騒いでいたなだとか言いたい事はままあれど、そこに疑う余地は無さそうだ。


「……オルトをここに連れ戻そうと言う意思はありますか?」


 チロルの問い掛けに彼女は「そんなつもりはないわ」と首を振る。返ってきた返答にチロルは胸を撫で下ろした。


 獣人を奴隷として侍らせて、見目の良い青年達をコレクターのように収集する彼女に関しては正直嫌悪感ばかりが積もるけれど、その言葉を疑う気にもなれなかった。愛し方を間違えていても、その愛自体に嘘偽りは無いようだから。


 オルトとしては、そちらの方が心境は複雑だろうけれど。


「大事にされてるのね、ノワールは」

「大事にしてますよ、そりゃ」


 チロルはハッキリと彼女の目を見て答えた。柔和に微笑む女性の目元には、僅かに年齢を感じさせる皺が刻まれている。


「家族ですから。あと、ノワールじゃなくてオルトです。その趣味の悪い呼び方、やめてください」

「あらあら。そうだったわね。今のその子はもう、ノワールですら無いものね」


 ふと視線を横にやるとオルトが何やら変なものでも口に入れたような妙な表情を浮かべている。


「……何だよオルト」

「何でもないです……」

「言いたい事があるならハッキリ言えよ」


 そう問いかけると何故だか彼は露骨に慌て始めた。


「いや、本当に何でもないっスから! 違うんです、ちょっと言い方に期待しちまったとか、全然……そう言うんじゃないですから!」

「はァ?」


 訳が分からないと顔を顰めるチロルと慌てふためくオルトを見て、カレンは何を思ったのか「あらあら」と微笑んだ。


「苦労してるのねノワール」

「オルトです。わざとですか?」

「どうかしら」


 それから程なくしてチロル達は帰宅を促された。それ以上の長居をする理由も無かったため、言われるがまま二人は家族達の待つ場所へと戻る事にした。


「オルト」


 ノワールではなくオルトと、カレンが呼ぶ。何でしょうかと近づいて行った彼に、彼女は何かを耳打ちしているようだった。獣人の聴力があれば聞こえたのかもしれないけれど、チロルには彼らが何を話しているのか分からない。


「チロルちゃん」


 オルトに何かを話した後のカレンから、今度はチロルにある物が手渡された。


「これ、持っていきなさい。何かがあった時、貴方を助けてくれる筈だから」


 貴方の助けなんていらないと突っぱねようとしたチロルだったが、真っ赤な封蝋が目に付いて言葉を飲み込む。


 封蝋のされた白い封筒。そこにはチロル達をここへ招いた招待状と同様に烏丸家の家紋が押されていた。


「これは……?」

「今はまだ不要だと思うけれど、必要になったら開きなさい」

 カレンの言っている言葉の意味は分からなかったけれど、一先ずチロルはそれを受け取る事にした。


「それじゃあ元気でね」


 くるりと踵を返すと、髪とドレスの裾がふわりと風に舞う。獣人を差別する人間は嫌いだ。愛玩奴隷を侍らせて喜ぶ相手等反吐が出る。だがそれでも彼女は美しかった。


(もう一回だけでもあの歌を聞いてみたかったな……)


 沢山の獣人達の元へ戻って行くカレンの背中をチロルは黙って見つめる事しか出来なかった。


「行きましょうチロルさん」


 オルトに呼ばれ、チロルは「ああ」と手短な返事を返す。箱庭の中に閉じ込められたままのカレンが築き上げた桃源郷から視線を外すと、オルトと共に来た道を引き返していった。


 行きに門からの案内をしてくれた執事に見送られ、二人は烏丸卿の別邸を後にする。ここに来る事はきっとこの先、二度と無いのだろう。



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