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4-9 烏丸別邸へ



 そうして、やってきたお茶会当日。


 正装で向かうべきだろうとの意見も出たものの、あくまで個人的な茶会ならばとチロルは敢えていつも通りの格好で烏丸卿の別邸へと赴いた。それに合わせてオルトも、ラフな練習着を纏いこの場に立っている。


 シルクスのテントを出てからここに至るまで、オルトの口数は極端に少なかった。逆立った毛からも彼の緊張が伝わってくる。


 それもそうだ。今日これから向かおうとしているのは、彼が二年間飼われていた貴族の屋敷なのだから。良い思い出なんてきっと一つも無い筈だから。


 ずっと屋敷で飼われていたオルトに土地勘は無いため、手紙に同封されていた地図を見ながら目的地へと向かう。

 ただ近くまで行って仕舞えばそれらしい建物なんて一つしか無くて、事の他簡単に辿り着く事が出来た。


「無理そうならボク一人で茶ァしばいてくるぞ」

「チロルさん一人に行かせられないです。それに、呼び出しを受けているのはオレもですから、オレの不在で家族に何かあったら嫌です」


 こんな状況下ではあるものの、オルトの口から出た家族と言う言葉がチロルは嬉しかった。


「とっとと済ませて早く帰ろう。ボク達の家に」

「そうですね。出張代って事で、座長の良い茶葉分けて貰ってお茶のやり直しでもしましょう」

「言うようになったじゃん」


 軽口を叩いているのは緊張の表れだけれど、お互いに気が付かないフリを貫いた。

 目の前に広がっているのは大きな鉄製の門。屋敷の周囲にはぐるりと高い柵が立てられていて、外部からのヒトの侵入を拒絶していた。


 十数年前、貴族の屋敷を狙った獣人達のテロがあったと聞いた事がある。それ以降、貴族の屋敷周りにはこうして、安全対策の為に鉄柵が立てられるようになったのだそうだ。


「ふぅー……よし」


 細く息を吐き出した後、チロルは意をけして立ちはだかる鉄の門と向かい合う。


「あれ……ベルみたいなものは付いてないのか……」


 出鼻をくじかれつつキョロキョロと辺りを探すチロル。自分達の到着をどうやって知らせようかと門の前に立っていると、鉄門の一部に取り付けられている扉が開かれた。


「チロル様とノワールですね。ご足労感謝致します」

 使用人だろうか、扉から出てきたのは人間の若い男だった。黒々としたモーニングコートにはシワもシミも一つもない。パリッとした張りと特有の光沢を放つあの布地を買うだけで、シルクスは途端に財政難に追い込まれてしまいそうだ。


「奥様がお待ちです」

「その前に一つ良いか。今日ここに来たのはビスティアサーカス・シルクスのチロルとオルトだ。この場にノワールなんて奴はいない。訂正してくれ」


 チロルが告げると、執事の男は露骨に面倒臭そうな表情を浮かべた。


「……申し訳ございません。ではチロル様と……オルト」


 そう言って男が静かにオルトを睨み上げる。かつてオルトだってこの屋敷にいたのだから当然と言えば当然だが、どうやら彼らは面識があるらしい。しかしオルトの方は何も言い返さずに視線を逸らしていた。


「それではようこそ、烏丸第二邸へ」


 使用人に通された屋敷の敷地内には広大な庭が広がっていた。その真ん中を通るように、門から屋敷までの道が続いている。


(凄いな……)


 その光景にチロルも思わず言葉を奪われる。


 庭園には色取り取りの花が咲き乱れるだけではなく、人工的に作られた川が流れており、水のせせらぐ音が聞こえていた。覗き込んでみると、川の中では大きな錦鯉がゆったりと泳いでいる。陽光を鱗で反射されて水面をキラキラと輝かせる鯉達は、何を思ってそこにあるのだろうか。


 背の高い柵の内側には、周囲の田園風景とは一転した別世界が存在していた。この光景そのものはとても優美なものである筈なのに、底知れぬ不気味さがチロルの体を硬くさせる。ここはただ美しい場所なのではなく、金の力で作らせた箱庭だ。


 鯉も獣人達も、美しいもの達が皆んな金銭の力でこの美しい宝箱の中に仕舞われている。チロルの宝箱とは対象的な箱庭。


 正門から続く道の正面には、旧時代の伝統家屋を思わせる建屋が佇んでいる。見た所比較的新しい建物だ。


 ここ最近の貴族のトレンドは、諸外国の旧式の屋敷を再現するのではなく、自国の家屋をアレンジするものだと何処かで聞いた事があった。この別邸も、そう言った意図で作られたものなのだろう。


 使用人の男性は正面の屋敷ではなく、脇道の方にチロル達を案内する。


 薔薇のアーチを潜り抜ける。花の香りが強く充満した庭園の先には、日除けの下に真っ白なテーブルと椅子が並べられていた。その真ん中には、薄緑色のドレスを身に纏いニコニコと笑うカレンの姿が。彼女は御伽話の住人にでもなったつもりなのだろうか、花のかんばせを綻ばせ、たおやかな笑みを浮かべていた。



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