表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/94

4-8 茶会への招待状



 結局、ギムのお説教は日付が変わっても終わらなかった。

 軽率な行動を淡々と理詰めで責め立てられ、すっかり心身が参ってしまった。


 何とか自室に戻ったチロルは、ハンモックに思い切りダイブする。空は既に明るみ始めており、今夜の睡眠時間が殆ど削り取られてしまったのが分かる。


(ギムめ……こう言う時はボクに厳しいんだよな)


 団体での生活を守ためにと身内贔屓はされないものの、チロルが何かをやらかした時の説教とペナルティはヒト一倍厳しいような気がしてならない。ある意味これも差別ではないのかと、心の中で愚痴を溢す。


 勿論今日の事はチロル自身、自分の非を認めて反省もしている。だからギムに対して言い返す様な真似はしていないし、するつもりも無い。彼の話は至極真っ当で、正当性のあるものだった。

 だがそれはそれとて、親に叱られた事への不満を零すのも子どもの正当な権利だろう。


「はぁ……」


 何だかとても気持ちが疲れる一日だった。ゆらゆらと重力に任せてハンモックを揺らす。こうしていると少しだけ気分が落ち着くような気がした。


(それにしても、まさかスミレさんが……)


 記憶の中と変わらず、彼女は美しかった。

 今頃彼女は屋敷に戻り、愛人として与えられた金で買った獣人達を侍らせているのだろうか。そう思うと心臓を掻き毟りたくなる。


 別に彼女の事を善人だと思っていた訳じゃない。チロルの知っているスミレなんて、歌を歌っているあの姿が殆ど全てで。それはあのヒトのごく限られた側面でしか無いのだろう。


 綺麗に取り繕われた一面だけを見て、チロルが勝手に憧れただけ。


 分かっている。歌が上手いヒトが全員『良いヒト』ならば世界はきっともっと綺麗な筈だ。こんなにも理不尽と差別に塗れている筈が無い。


 それでも大事にお菓子の箱の中に入れてしまっておいた宝物を「こんなガラクタ持っててどうするの?」と取り上げられて、踏み付けられてしまったような気持ちが胸の中から消えてくれなかった。


 チロルの夢の始まりに立っていたそのヒトは、獣人を愛玩奴隷として飼うようなヒトだった。それだけの事がこんなにも重たい。

 重たくて、悲しいのだ。


(歌手にはなれず、娼館にしか居場所がなかったあのヒトにとって、貴族の愛人になれた事は幸福だったんだろうか……)


 チロルは基本、ヒトの暮らしと言うものを知らない。人間の体を持って生まれていながらも彼女はずっと獣人達と共に生きてきた。有り触れた獣人達の暮らしと言うものも分からない。知っているのはシルクスでの暮らしだけ。


 だからスミレの半生なんて想像をするだけ無駄なもので、何も知らない自分に善悪のアレソレを判断するだけの材料が無い自覚もある。


 それでもかつて憧れたヒトの現状を知ったショックは少なからずチロルの胸に影を落としていた。理屈どうこうの話では無く、ただ単純に悲しかった。

 憧れは綺麗なままでいて欲しかった。割れたガラス玉の本当の価値なんて知りたくなかった。ただ綺麗な宝物として空き箱にしまっておければそれで良かったのに。


 踏みつけられたガラス玉の事を思って、チロルは少しだけ涙を零した。






 チロルがかつて憧れたヒトは、オルトの元飼い主でした。わぁびっくり。それで話が済めば良いのだが、現実はそう単純に進んでくれない。


 後日シルクスの元に届けられたのは、一枚の招待状。宛先はチロルとオルト。内容はお屋敷での小さなお茶会に招待すると言うもの。


 そしてその封筒には、貴族烏丸家の家紋の入った封蝋が押されていた。


「俺は行くの反対だぞ。相手はお貴族様の関係者。何があるか分かったもんじゃない」


「第一コイツのトラブルメーカーぶりを舐めるなよ」と付け足して、バニラはテーブルの上に招待状を放り投げた。


 トラブルメーカーと言う肩書きに不満はあるものの事実フクロウマチでの誘拐騒動、タカウマノマチでのエトワールへの勧誘と前科が多すぎる為チロルは大人しく口を噤んだ。


 このマチでも既に盗人と出会したり、警察と面識が出来てるなんて口が裂けても言えやしない。


「わたしも行ってほしくはないけれど……座長さんはなんて言ってるの?」


 バニラの投げた招待状を拾い上げ、一瞥してからフランが問い掛けてくる。


「何があるか分からないからこそ、行くべきなんじゃないかって」


 ギムの言っている何があるか分からないと言うのは、シルクス全体への被害を考えての事なんだろう。


 スグマミマチでの公演はまだ日程が数週間分残っている。既に売れてしまったチケットの事を考えても、茶会前にマチを去るような真似は出来ない。誘いを断ったり逃げるような真似をした際、怒りの矛先がシルクスに向けられる可能性が十二分にある。一座を守らなくてはならないギムとしては、それ以上の判断は下せないのだろう。


 残念ながらいくらギムとは言っても貴族を押さえ付けられるような力は持っていないのだ。


「あくまで個人的な話がしたいって書いてあるけど……」

「貴族の言ってる事なんて信用出来ないわよ」


 チロルはフランから招待状を受け取り、再度視線を落とした。


 フランの言っている事は最もだ。スミレ――……もといはカレン。彼女が何を思って屋敷にチロル達を招いたのか、その真意が掴めない。


 あの公演初日の夜、チロルは思い切り彼女に罵声を浴びせている。彼女が烏丸卿に一言愚痴を溢せば、何らかの罪でチロルを拘束する事だって出来るだろう。それくらいの事を仕出かした自覚はあった。何が楽しくて自分を罵倒して来た少女を茶会に招こうと言うのだろう。


「でも、断るって選択肢は無いですよね」


 チロルの隣に座るオルトの表情は暗いものだった。


「すみません、オレとあのヒトが関係あるばかりに……シルクスに迷惑を……」


 思い詰めたように下を向くオルトだったが。


「馬ァ鹿、そんな事言ったらボクだってあのヒトとは顔見知り。同じようなもんだろ」


 指先で摘んだ手紙をヒラヒラさせ、チロルはキッパリと言い放つ。


「お前は何でも自罰的に捉えすぎなんだよ」

「すみません……」

「ほらチロル、また言い方キツくなってんぞ」

「ぐ……っ」


 バニラからの指摘に、チロルはバツが悪そうに視線を背けた。


「と、とにかく。断れる理由も無いんだ。こうなったら腹を括るしか無いだろ」

「だけどチロルさん、もし……ッ!」

「前回、ボクがあれだけの事を言って何のお咎めもなかったんだ。取り敢えず茶を飲みに行くくらいなら大丈夫。の、筈だ。多分」


 随分と遠回りな物言いをするチロルに、オルトは不安げな視線を送った。


 しかしこうして話し合おうがそうじゃなかろうが、カレンからの呼び出しを跳ね除ける程の力はシルクスに無い。それならば覚悟を決めるしか無いだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ