1-6 獣人差別
散策をしていると、大きな広場が目に止まった。恐らく地図にあった『フクロウの腹広場』がここなのだろう。
中では市場が開かれているらしく、お目当ての物が見つかるかもしれないとチロルの足取りも軽くなる。
サーカス団としてあちこちを回っていると言っても、それぞれの滞在地をゆっくり観光している暇なんて殆ど無い。買い出しの大義名分を得て自由にマチを歩ける時間には、多少なりとも心が躍った。
(わ……甘い匂いがする)
何処からともなく小麦を焼いたような甘ったるい香りが漂ってくる。ポケットマネーも少ないながらに持ってきたのだ、折角だから目当ての買い物の前に買い食いでもしようか。
匂いにつられて歩いていくと、クレープの出店屋台が目に止まる。薄い生地にたっぷりのクリーム、そそられない少女はいないだろう。
「すみません、ビワクリームを一つ」
テント暮らしではなかなか甘味に有り付ける機会もなく、心無しかチロルの声は高くなっていた。
「はいよぉ、ちょいと……」
作業をしている手元から顔を上げると、店主が怪訝な顔をした。チロルの頭から足先まで視線が舐めるように這い回ると。
「けっ」
と、唾を吐かれた。
(あー……結構年配のヒトだからもしかしてと思ったけど、そういうパターンか)
みるみるうちに険悪な表情に変わる店主とは対照的に、チロルは仮面のような乾いた笑みを浮かべたまま微動だにしない。
「ケモノに売るもんはねぇ、客が寄り付かなくなるからさっさと失せろ!」
「……それは残念だ」
獣人の格好をしているとこう言った態度を取られる機会は少なからずあった。
生クリームにありつけないのは至極残念ではあるが、傷付くような事でも無い。買い食いはさっさと諦めて、その場を後にしようとしたチロルだったが。
「ねぇねぇ、あれ可愛くない?」
次にチロルの耳に飛び込んできたのは明るい女性の声。花が咲くような声に釣られて視線を向けたものの、その『可愛い』の対象物にチロルの表情は固くなる。
「うわ、たっけぇ。毛皮のストールかよ」
「凄く色味が素敵。次の誕生日にはこれ欲しいなぁ」
「やめろやめろ。ビスティアファーなんて買ったら破産しちまうよ」
カップル達の何気ない会話が胸に突き刺さる。
そんな簡単に欲しがるな。それを何だと思っているんだ。
彼女が欲しいと強請ったストールは、少し黄色がかった白いファーが使用されている。
兄のバニラの毛並みと、良く似た色味のストールを前にチロルの胸の中では強い感情がグチャグチャに絡まってしまう。
「はぁ……」
本当に世の中どうしようもない。
思わずチロルが零すと、男性の方がこちらに気が付いた。彼は気まづそうに顔を顰めると未だにストールにうっとりと目を細める彼女を咎める。
男性からの指摘にチロルの存在に気が付いた女性もまた、気まづそうに口を噤んだ。
(はぁ……家族に会いたい)
早く買い物をして帰ろう。人間の多いところはどうしてこうも居心地が悪いのか。
ゴテゴテとした飾り物を取り払って来れば、こんな思いをしなくても済むのかもしれない。でもそれはチロルが人間だから。
家族達には、毛皮を外して歩く選択肢なんて無いのだ。
分かってる。これは彼らを思っての行動じゃない。自分自身が仲間外れにされるのを嫌がっているだけの事。
世間から仲間外れにされたとしても、家族達にとっての異物になりたくない。だからチロルは社会から差別をされようと獣人のフリをする。
そんな打算的な自分の姿が浮き彫りにされてしまったような気がして、チロルはまた一つ大きな溜息をついた。