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4-4 銀バッジ



「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は立花ベシアだ」

「明星チロル。ビスティアサーカス団・シルクスの裏方だ」


 差し出された手を握り返す。自分と同じノルマレの掌。しかし自分とは違う、分厚くて固い皮膚。


「裏方なのか?」

「言ったろ、あの日は代役で舞台に立っただけなんだ」

「じゃあ、このマチでシルクスの舞台を見に行ってもキミのあの歌は聴けないのか?」

「……」


 青年の言葉にチロルはぐっと口を噤んだ。


(なんかコイツ、オルトみたいだな……)


 真っ直ぐにこちらに注がれる視線に、居心地が悪くなる。


「残念だ……本当に素晴らしい歌だったのに……」

「……ッ!!」


 心底残念そうに胸の前で拳を握る彼の姿を直視していられなくて、チロルは気まずそうに視線を逃がした。


 モネットを演じて以降、チロルの中にあったヒト前で歌う事への強い抵抗感は払拭された。家族の前で歌を披露する機会も生まれ、歌に対する賞賛の声を受け取るようにもなった。だが身内からの褒め言葉と観客の立場にいる彼からの言葉では少々意味合いが異なってくる。


 本来ならば直接聞く事が出来ない観客の生の声。それも生涯一度きり、正真正銘最初で最後の舞台のつもりで挑んだ【辺境のモネット】への感想ともなれば嬉しくない筈が無い。


「……ボクの事はどうでも良い。そんな事より、この辺りに手芸屋は無いか?」

「それなら場所が分かるから、目的地まで案内しよう」

「そうか。感謝する」


 せっかくの申し出を断る理由もなかったため、チロルは彼と並んで歩き出した。


 隣を歩いてみると、向かい合っている時以上にベシアの体の大きさが目に付いた。人間は獣人と比べると体が小さく線が細くなりがちなのだが、ベシアはその限りでは無い。鍛え上げられた若い体は筋肉に覆われており、体の厚みだけを見ればバニラよりもずっとガタイが良いだろう。こうして連れ立って歩いていると、にいるのがオルトなのでは無いかと錯覚する程だった。


「べシアはサーカス、好きなのか?」

「恥ずかしながら舞台を見たのはアレが二度目だ。小さい頃、親に連れられて巡業に来ていたエトワールの舞台を観に行った事はあるが……その、恥ずかしながら言い回しが難しくて途中で眠ってしまってな」

「ははは」


 何処かの誰かからも同じような話を聞いたばかりだ。


「それならなんでうちに?」

「正直な事を言うと……ビスティアサーカスと聞いて興味が引かれた」


 獣人だからと寄ってきた冷やかし客だったのか。

 そう思うとチロルは心の中でふわふわと浮き上がっていた感情がストンと、途端に地に落ちてしまったのを感じた。


 だが彼は「小さい頃、獣人に命を救われたんだ」と続ける。


「世間では獣人が余りに当然のように差別される。時にはただ獣人と言うだけでまるで犯罪者のような扱いを受ける事もあるだろう」

「まあ……良くある話だな」

「だが俺を助けてくれた獣人達は……ただの気の良い大人達でしか無かった。だから興味が湧いたんだ。獣人達だけで構成されたサーカス団がどんなものなのだろうかと」

「なるほど……」


 獣人も人間も、姿かたちが異なるだけで同じ人類でしか無い。物語の中でシオンが辿り着いた結論に彼が何を感じたのだろうか。それを想像すると肋骨の内側が少しだけ熱くなるような気がした。


「ほらよ」


 そう言ってチロルはチケットを一枚彼に差し出す。


「これは……」

「このマチでの初ステのチケット。別に、予定が合わないなら無理にとは言わないけど」

「い、良いのか?」

「そんなに良い席でもないから気にするな」

「いや、有難い! またシルクスの舞台が見られるだなんて……楽しみだ」


 そう言いながらチケットを見詰める彼の視線が子どもみたいで、チロルは思わず吹き出してしまった。


「代金はいくらだ?」

「助けて貰ったのと案内役の駄賃って事で」

「それは良くない。払わせてくれ」

「だから良いって。こういう時のために団員用に配られてる分だし」

「いや良くない!」


 押し問答の末にチロルが折れる形となり、結局チケット代は受け取る事になってしまった。彼の頑固さの前で粘る気力はとてもじゃないが湧いてこない。


 その後、目的地である手芸屋に無事到着。ベシアとはその場で別れる事になった。


「チケットありがとう。当日が今から楽しみだ」

「そりゃどうも」


 ベシアは最後まで礼を言いながら去っていった。彼の背中を見送ってからチロルも店の中に入っていく。


(ちょっと鬱陶しいけど、悪い奴じゃなさそうだ)


 獣人に対して悪感情を持っていないと言うだけで、自分の中では相手への好感度が上がってしまうのかもしれない。


 ただ……。


 チロルは先程まで行動を共にしていた青年の胸元に取り付けられていたある物について思い出す。あれの存在を思うと、先程までのどこか上機嫌な表情は何処へやら。チロルの細められた瞳からは熱が消える。


 私服であろうとも、彼の胸元には銀色のバッジが光っていた。あれは彼女にとって、余り見ていて心地の良いものでは無い。


(……話の通りただの研修ってだけなら良いんだけどな)


 念の為ギムへの報告はすべきだろう。

 嫌な胸騒ぎを打ち消すように溜息を溢すと、チロルは手芸屋の中へと足を踏み入れた。


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