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4-3 警察の青年


 それから二日後、シルクスは予定通りスグマミマチに到着。いつもの様に前段階として、劇場や生活区域の設定に勤しんでいる。


 三週間後に控えた公演。今回は前回のように特殊な演目を扱うのではなく、通常通りのシルクスが得意とする大道芸を主体としたショーが計画されていた。【モネット】はあくまで強豪と張り合って予定の売上金を出す為の苦肉の策だった。確かに大きな評価を得たものの、本来のシルクスのスタンスを大事にしようというギムの方針だ。


 味をしめたバニラはまたあの系統をやりたいとごねていたけれど、結局座長の意向に反対しきれなかったらしい。


 そしてキャストを一時的に外されてしまったオルトはと言うと、チロルの元に裏方見習いとして戻される事となった。


 また失敗が続いてしまうのではないかと懸念もされていたものの、キャストとしての経験で多少は力加減を覚えたのか入団したての時ほど酷いミスの連発は発生しなかった。

 最も、それでも最初の食事の支度の時に皿が四枚割れているのだが。


「前回は新人だったから見逃してたけど、今回は流石にお前の給料から天引きしておくからな」

「まじですか……!」


 チロルの宣告に彼は顔色が真っ青になっていた。果たしてスグマミマチでの公演期間が終わる頃、彼の給料が黒字になっているのか見ものである。


 いつも通りの興行ともなれば新人のオルトを除いた面々からしてみれば慣れたもので、開幕に向けての支度は滞りなく行われていた。


「オルト、ここ任せても良いか?」

「どうしました?」

「これから先の設営は力仕事がメインになってくるからボクはお払い箱。その間にマチの下見と、足りない糸とか買ってこようかなって思ってさ」

「それならオレも行きますよ」

「荷物持ちは有難いけど、今回はボクでも持てるような物しか買う予定無い。お前はその前に設営の仕方、きちんと教わっておけよ。キャストになってもこれは皆んなでやるんだから」


 それならお気を付けてと少し寂しそうに耳を下げるオルトに見送られながらも、チロルはマチの方へと歩いていった。


 フクロウマチやタカウマノマチより奥まった西側にあるこのスグマミマチは、背の高いテツノキが少ない代わりに自然がとても多い印象を受ける。

 サラサラと流れる風の音と揺れる草葉の音が心地良い。


(定住するならこの位が丁度だよな……フクロウ辺りはちょっと都会すぎるし、タカウマ辺りも結構コンクリばっかだし。かと言って田舎は何をするにも不便だもんな)


 根無し草が一箇所に留まる予定もないのだけれど、想像をするだけなら金も掛からない。青臭い若葉の匂いを嗅ぎながらチロルは空想に思いを馳せた。


 二十分程歩いていくと、大きな屋根付きの通りに出た。ここならばお目当てのものも見付かるだろうとやってきたのだ。

 商店街は両サイドに様々な店舗が並んでいる。中には甘味の屋台も並んでおり、好奇心と食欲をそそられた。時間が出来たらいつかのリベンジをしよう。


 意気揚々と歩みを進めていたチロルだったのだが。


「泥棒―ッ!」


 前方から聞こえてきた声にげんなりと肩を落とす。


(前回と良い前々回と言い、なんでボクがマチに出るとこうもトラブルに巻き込まれるのかな)


 新しいマチを散策するのはチロルの楽しみの一つなのに。不名誉な『トラブルメーカー』の肩書きのせいでバニラからそんな趣味を規制されたらどうするんだ。

 そんな恨めしげな感情を込めて、チロルは前方を睨み付けた。


 盗人は人間の若い男のようだった。商店から袋に入った何かを引ったくってきたのか、真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる。


(面倒事に巻き込まれるのも嫌だけど、素知らぬ顔して足でも掛けておくか)


 獣人の動きに慣れた彼女の目があれば、素人の盗っ人の動きを捉えるくらい訳ない。

 特に進路を変えるまでもなく突っ込んで来る男を待ち伏せていたチロルだったものの……。


「危ないっ!」


 視界に飛び込んできたのは大きな背中だった。


 こちらに向かってくる盗っ人よりも、その間に割り込んできた背中に面食らっていると。


「でぇりぁッ!」


 止まる事も出来ずそのまま突っ込んで来た泥棒を、そのヒトが放り投げた。見事な一本背負いにチロルも思わず「おー……」と感嘆の声を漏らす。

 盗っ人の体が宙を舞い、地面に叩き付けられる。そのヒトはすかさず男の身体を押さえつけると、腕を捻り上げ手錠をかけた。


「十一時七分、現行犯逮捕だ」


 実際にヒトが逮捕される場面に出くわすのは初めてだ。


(警察だったのか。私服だから気が付かなかった)


 休日に偶然泥棒と出くわしてしまったのだろうか。折角の休みの日にご苦労な事だ。

 その後チロルを庇ったそのヒトの連絡を受け、最寄りの派出所からやって来た警官に犯人が引き渡される。


「君、大丈夫だった……、……!」


 引き渡しが終わり、助けてくれた警官がこちらに声を掛けてきた。

 チロルの頭に乗っかった作り物の耳を見てなのか、こちらに向けられた目が見開かれる。


「モネット……!」


 彼の目の中に、チロルは自分ではなく彼女が映っている事に気が付いた。彼が驚いた様子だったのは何もチロルが獣人のような格好をしているからではないらしい。


「す、すまない……あ、あの……サーカス団シルクスの者だよな……?」

「まあ、一応……」

「あの舞台を見に行ったんだ。まさかこんなところでモネットに会えるなんて思ってもみなくて……その、感動してしまってな」

「千秋楽に来るなんて随分通なんだな」

「……俺の事を覚えているのか?」

「いや、ボクは代役なんだよ。千秋楽にしか出てない」


 フランでは無くチロルをモネットとして認識している時点で彼がいつの舞台を見に来たのかは明確だった。


「キミがいるという事はシルクスも暫くこのマチに滞在しているのか?」

「……警察には届出は出してる筈だけど、知らないのか?」

「実は研修の為に一時的に招集されていて、つい先日俺もこのマチに来たばかりなんだ。移動の途中で立ち寄ったタカウマでシルクスの噂を聞いて、一目見たくて千秋楽の立ち見チケットを何とか手に入れた」

「ああ、なるほどな」


 警察の行う研修がどういうものかは知らないけれど、何となく話に整合性は取れているようなのでチロルはそれ以上の追求はしない事にした。下手に探りを入れて痛くも無い腹を探られても、たまったものでは無い。


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