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4-2 烏丸の愛人


「はぁー……」


 再度聞こえてきたのは大きなバニラの溜め息だ。


「ギムさんもなんでわざわざお貴族様の依頼なんて受けたんだ?」


 仕事に対して真面目なバニラがここまで文句を言うのも珍しい。貴族と言う単語だけでもアレルギー反応を起こしてしまっているのかもしれない。


「座長さんだって流石に断れないわよ。権力を持ってる人間の頼みなんて、断ったら何されるか分かったものじゃないわ」


 あーやだやだと、キャストのフランも深く息を吐き出した。


「いくらギムが特別な印付きとは言っても相手が貴族じゃ分が悪いもんな」


 シルクスを纏めあげる座長のギムは、王政府直属の議員としての地位を持っている。

 その後ろ盾があるからこそ、シルクスは地位の低い獣人だけで構成されていながらも、こうして安定した旅を送る事が出来ている訳なのだが。より強い権力を前にしては彼もどうしようも出来ないのだろう。世知辛い世の中だ。


「大体、お貴族様がなんでウチのショーなんか見たがるんだよ。うちはエトワールみたいな正統派じゃなくて、どっちかってーと庶民向けのエンタメ気質。ドレスコードとオペラグラスよりも、求められてんのはポップコーンと甘ったるいジュースだろ」

「注目されたのは十中八九、これが原因でしょうね」


 そう言ってフランは四人から見えるよう、床に一冊の雑誌を置いた。地方の出版社が作成した地元住民向けの娯楽本なのだが、その一面をシルクスの記事が飾っているのだ。


「ギムさん、この手の取材は断るつもりって言ってたけど」

「勝手に入り込んだんじゃないのかしら? 劇中の様子の写真はあるけど、インタビューみたいなものはないし」


 書かれている事自体は決して悪いものじゃない。実生活の中で差別意識が蔓延っているとは言っても、表向きには皆「獣人差別は悪い事だ」と答えるのだろう。記事にもそんな一般的な忖度が滲み出ている。


(そう言えば……公演が始まったばかりの頃、黒百合って妙な男が劇場の前に来てたな。記者ってのは嘘っぽかったけど、何だったんだろう)


 ギムへの報告も済ませているためすっかり存在を忘れていたのだが、この話題が出てふと思い出した。


 地方紙とは言え雑誌に掲載される程【辺境のモネット】が話題となり、地方貴族の目に留まってしまったと言う訳だ。


「俺がこの美貌とカリスマ性を持って主役なんか務めちまったばっかりに……」

「わたしの演武が余りにも艶めかしかったばかりにこんな事に……」


 茶番にツッコミでも入れようかとも思ったが、面倒だからやめておいた。

 そんな事よりも貝釦の美しさの方が大事だ。ううん、袖の刺繍を足しても良いかもしれない。


「でぇ〜? 俺達は今何処に向かってんだっけ?」


 相手にされないと分かるや否や、やる気も覇気もない声音で問うて来るバニラに、チロルは呆れた表情を浮かべる。


「ギムの話聞いてなかったのかよ……」


 仕方ないだろやる気が無いんだからと、花形は悪びれる素振りも無い。貴族に誘致されて赴く公演に気力が湧かない気持ちは分かっているけれど。


「次は、スグマミマチって所だってさ。言い難い――……」


 ――ガタッ!


 突然室内に響いた大きな音に、彼女の肩がビクリと跳ねる。


「び……っくりした」

「あああ、チロルさんごめんなさい、作業中に。指怪我したりとかしてないですか?」

「それは大丈夫だけど……お前が大丈夫な?」

「え、いやその……」


 あからさまに動揺の色が浮かび、瞳が右往左往している。毛皮のせいで顔色迄は読めないものの、嫌な汗をかいていると容易に想像が出来た。


「何でも無いです! 大丈夫っス!」


 誰の目にも明らかな嘘。

 そんなもので騙されてはくれない三人からじとっとした視線を向けられ、オルトは「う……ッ」と言葉を詰まらせた。


「……オ、オレがいた屋敷があったのが、スグマミマチでして……」

「な……ッ」


 オルトの告白に、三人はあんぐりと口を開いた。


「なんでギムさんが次のマチの話した時点で気付かねぇか!!」

「ごめんなさい! 話されたのが千秋楽の次の日だったので、その……寝てました!」

「座長が話してる時に寝てんじゃねぇ!」

「すみませんッ‼︎」

「オルトだってやる気無くてマチの名前忘れてたバニラには言われたくないでしょ」


 しかしそうなると困った事になった。今回の公演は通常のそれとは異なり、貴族の依頼でマチに赴く事になっている。


「ちなみにお前の元飼い主の名前って……」

「烏丸ってヒトです……」

「あー……」


 深い溜息を溢しながらチロルは頭を抱えた。

 最悪だ。スグマミマチにシルクスを優待したのは、その烏丸と言う貴族なのだ。


「愛玩奴隷を飼うような貴族がシルクスをマチに呼ぶって、絶対良からぬ事考えてんじゃねぇの?」

「貴族の権力ゴリ押しで、気に入った奴を自分の屋敷に引き入れようとしてるとか……」

「どうすんだよ、この美貌を考えたら、一番危ないの俺じゃねぇか!」


 バニラの発言に関しては本気で言っているのか冗談なのか区別が付かない。だが相手の思考が読めぬ以上、単なる冗談だと笑い飛ばすのも難しい。


「誌面にオルトちゃんの写真載っているから。もしかしたら連れ戻そうとしてるのかもしれないわよ。見切れてるけど」

「一回手放した奴隷を連れ戻すなんて事ありますかね」


 烏丸の目的は分からないけれど、警戒をしておくに越した事は無いだろう。


「実際、どんな連中だったんだよ。その烏丸って」


 言いたく無いなら聞かないけどと付け加えた上でチロルが問い掛けると、オルトは渋い表情を浮かべながらも口を開いた。


「実際に力を持っている当主の旦那様……烏丸リヒトに関してはオレも良く知りません。会った事も数回で……」


 オルトの話に三人はじっと黙って耳を傾ける。


「オレが暮らしてたのは、愛人が住まわされてる別邸っした。オレの主人も烏丸リヒトの愛人。そのヒトは何というか……アクセサリー感覚で獣人を侍らせる嗜好の持ち主と言いますか……その、恋ビトのような接し方を求められると言いますか……」

「あー……分かった。もう言わんで良い」


 どんどん苦虫を噛み潰したような表情になっていくオルトの話をバニラが制止する。


 貴族の愛人相手に彼が何をされて来たのかは想像に容易くない。反吐が出るような話だ。


「悪かったな。嫌な事思い出させちゃって……」

「いえ、大丈夫です。もう過去の事ですから」


 そう言ってオルトは笑顔を作ってみせるものの、耳と尻尾に張りがない。


(分かり易いんだから嘘なんてつかなくて良いのに)


 その貴族がどう言う人間か知りたかったからとは言っても、彼の過去を聞き出すのは些か軽率だったと、チロルは自分の行いを反省した。


(のっけから不得手な仕事振って自信喪失させたり、エマの事で一方的にキレてたボクに言えた事じゃないかもだけど……)


 それでも、彼が思い出すものが皆んな、ここでの楽しい記憶に塗り変わってしまえば良いのに。心からそう思った。


「話を聞く感じ、シルクスを呼んだのは当主じゃなくてその愛人の方みたいだな」

「だと思います。あの当主が獣人サーカスに興味を示すとは思えません。確実に、奥さ……愛人の方でしょう。あの人はとても美しくて、傲慢で……」


 目を伏せる彼の脳裏には一体どんな光景が浮かんでいるのだろうか。そんな不安を抱えながらチロルがオルトに視線を向けていると。


(え……?)


 不意に彼を目があった。


「……いえ、なんでもありません」


 それ以上オルトがかつての主人について語ろうとする事はなかった。物言いたげな視線を向けられた理由が分からずにチロルはただ困惑するばかり。


「兎に角、そんな場所に赴く以上、次の公演にオルトは出さない方が懸命だろうな。ついでに、極力外出禁止」

「えッ」

「何残念そうな顔してんだ。何かあってからじゃ遅いんだぞ」

「いやまぁそうなんスけど。折角最近やっと後方抱え込み三回宙返りに捻りを四回入れられるようになったのに……」

「んな理由で出せるか!」


 要するに覚えたての技術を早くヒト前で披露したがっているだけらしい。元気なのは結構だけどよとバニラのこれ見よがしな溜息にチロルも肩を竦める。


「俺とお前が同じ舞台に並んでしまったら、観客は全員俺にしか目が行かなくなるだろうが……念の為だ」

「フラン、この兄貴どっかに埋めてきちゃダメかな」


 これは笑える方の冗談だなと判断し、チロルは早速フランに声を掛けた。


「座長さんの許可は取りなさいな。一応、稼ぎ頭なんだから」


 それからチロルとバニラがいつもの様にどうでも良い口喧嘩を始めて、フランがニコニコとしながらそれを見守っている。

 その様子を見ていたオルトがふっと小さく笑みを零した。

 視界の隅でそれを確認するとチロルの表情も穏やかなものになるのだった。



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