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4-1 貴族の誘致



 土地の大半が急勾配の激しい山々に覆われ、残された平野部には人の手がついていない草原が広がっている。その合間を縫うように、旧時代の遺産であるテツノキの集まる場所にヒトが集い、マチを形成している――日ノ斗亜王国。


 クニの中心地である東都があるのもまた、赤土の土壌に覆われた広大な平野部だった。この場所は先の大戦以前より、国家の中心部としてヒトが集まっていたと歴史書には記されている。まさに東の京だった。

 川がせせらぎ緑が生い茂る中に取り残された遺物の無機質さは、このクニの過去の歴史の象徴と言えるだろう。


 そんな日ノ斗亜王国で暮らすヒト々は、基本木造の一軒家か長屋、背の低いテツノキを改修して作られた集合住宅で暮らしている事が多かった。

 四季による気候の変動や地震などの自然災害に見舞われる事の多いこのクニでは、煉瓦造りの家屋が普及する事は無かったらしい。それは何も近代になってからの話では無く、これも旧時代より変わらないこのクニにとっての当たり前の光景なのだそうだ。


 しかしそれはあくまで一般庶民の話であって、潤沢な資産を持つ一部の人間達になると話が変わってくる。


 現王政府の設立当初より王族と深い繋がりを持ち、クニより与えられた土地を収める各地の貴族達は、市民から吸い上げた税金によって贅を凝らした生活を送っている。権力者の暮らしが平民とは異なるのも、いつの世でも変わらないこの世界の常であるらしい。


 当然ながら彼らの暮らす屋敷と比較すると、そこらのマチに並んだ民家など兎小屋か、犬小屋程度のものだろう。敷地の規模も、掛けられた資材の量も金額も、一般庶民のそれとは比較にもならないのだろう。


 最も物心付いた頃から旅の暮らしを送っているチロルには長屋暮らしも、屋敷での生活も、全く持って想像が付かない。

 広すぎる部屋に置かれた、広すぎるベッドで丸まって眠るよりも、ハンモックの上で体を休める生活の方がずっと幸福だろうと彼女は考えていた。


「……で、そのお貴族様がどうしたんですか?」


 獣人のみで構成された旅芸人一座、ビスティアサーカス団・シルクス。そのメンバーでありつい最近アンサンブルキャストのオルトが首を傾げる。


「次のウチの依頼主がお貴族様なんだとよ」


 返事をするのはシルクスの裏方で、所属メンバーの中で唯一の人間であるチロルだ。猫のような耳の帽子、爪が取り付けられたアームカバー、それから尾のような腰飾りは、最早彼女のチャームポイントと呼んで差し支えないだろう。


「ウチは基本、座長のギムが一つ前の公演期間中に次の行先決めてくるだろ? で、鉄柱作業が完了したらその新しい目的地に向かって旅をする。今がちょうどその移動の最中だな」


 現在彼らがいるのも、移動中のトレーラーの中だった。


 答えながらもチロルは次々と衣裳の飾りボタンを付けていく。

 先日まで滞在をしていたタカウマノマチで購入した新しい貝釦にはうっとりするような特有の光沢がある。スポットライトに照らされてこのボタンがチカチカと光るところを想像すると、ついつい話の内容も頭から抜け落ちてしまいそうになった。


「だけど、たまにうちのマチに来てくれって依頼が入る事もあるんだ。そうなったら多少長旅になっても、そっちに優先的に向かうことになる。勿論、予定外の旅費なんかは依頼金として貰った上でな」

「順番に回って行ってる訳でも無いんですね」

「ウチも商売でやってるからな。金が貰えるならそっちに行くしかないだろ」

「……にしたって。なんで貴族なんかが」


 その声にチロルとオルトは顔を上げる。


 視線の先ではバニラが怪訝な表情で大きな溜息を溢していた。その吐く息の重い事重い事。


 だが十二歳まで貴族の屋敷で飼われていたバニラからしてみれば、貴族様にお呼ばれしての公演なんて、気乗りしないのも当然だ。ましてや彼は一座の看板、舞台に上がらないと言う選択肢も取りにくいのだろう。


「お前は大丈夫なのか? その……」


 言葉を選びながらチロルがオルトに問い掛けた。


「実は貴族の屋敷にいたって言っても二年くらいなもんなんスよ。それまでは変な研究所? みたいな所に入れられてて。だからバニラさん程では……」

「研究所? お前そんな所にいたのか」

「動物実験の代わりみたいなもんだったんだと思いますよ。詳しい事は知りませんけど」


 動物実験の代わり獣人の体が使用されるケースは多い。

 基本的なスペックの差はあれど獣人だって人類だ。ネズミを使うよりは余程正確なデータが取れるのだろう。吐きそうになる話だが、一人頭の金が掛かる事を除けば理想的な被検体だ。


(それにしても変な経歴だな。実験動物から貴族のペットだなんて)


 貴族に会った事はないけれど、金に物を言わせて好き勝手な生き方をしている連中だと言うのはチロルでも知っている。


 そんな彼らがわざわざ研究所で不要になった個体を買い取るなんて事があるんだろうか。大量の金貨片手に市場に行けばいくらでも好きな個体を買い取れるだろうに。


「答えたくなかったら良いんだけどさ、お前、実験施設にいる前は何してたんだ?」

「物心ついた時からずっとそこで生活してましたよ」


 オルトの言葉にチロルはまた顔を顰めた。

 つまりオルトは二年前、貴族の屋敷に連れて行かれるまでの間ずっとその人生を実験動物として送っている事になる。


 動物実験に用いられる個体は、言い方は悪いが様々理由で値がつけられなかった個体が多いそうだ。例えば体が弱くて労働用としての使用が見込めなかったり、怪我や栄養状態から毛皮が取れなかったり。ヒトが好みやすい容姿をしておらず、愛玩用での販売が厳しかったり、そんな理由で、条件から省かれた個体は、市場に出回る事もなく研究施設に連れて行かれてしまうのだ。


 だがオルトはそのどの条件からも外れていないように思われた。

 この容姿であれば初めから愛玩用として市場に出されていただろう。そうでなくても、あの光の加減によって青が滲む毛色はファー製品としても好まれそうなもの。


(子どもの頃は知らないけど、この体格なら労働用でも困る事は無いだろうし……そもそもその手の研究所にいて、そんなに何年も生きてられるもんなのか?)


 何か長期的な研究でも行われているんだろうか。


「どうしました、チロルさん」


 考え事で手が止まってしまっていた。それをオルトから指摘され、チロルは「何でもない」と素知らぬ顔をして作業に戻る。

 お前の毛皮の値踏みをしていたなんて、いくら何でも言えるものか。



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