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3-23 解説のイルサくん



(……演技が変わったな)


 終盤に向かって進んでいく物語を眺めながらイルサが座席に深く腰掛け、背もたれに体重を預ける。


 それまでのチロルの演技は代役として最低限、ミスをしないための演技だった。急拵えの代役に出来る事なんて、きっとそれが限界だっただろう。


 だが物語が終わりに向かって進むここに来てモネットの見せ方が変わっている。

 掴みどころのないミステリアスな少女ではなく、どこまでも無邪気で真っ直ぐな少女。それまでにあったプロらしい間合いの取り方や立ち居振る舞いは損なわれているけれど、これまでよりもずっと『モネットらしい』演技をしている。

 チロルの顔がイキイキと輝いているのが客面からでも分かった。ツンケンした態度が目につくチロルだけれど、彼女の本質はもしかしてこちらなのかもしれない。


(それにしてもあのバニラってシオン役、舞台の上で本音を吐き出させるなんて無茶苦茶やるな……。見てるこっちがヒヤヒヤしたぞ。いや、そんなこと言ったらこの舞台そのものがいつ破綻してもおかしくない無茶の上に成り立ってるようだが……)


 恐らく観客達は舞台上で執り行われたやり取りの意味なんて知らないのだろう。知っているのはシルクスのメンバー達と自分だけに違いない。


 物語はいよいよクライマックスへと突入する。

 イルサの知っている『辺境のモネット』から大きな改変が行われていないのなら、最後の見せ場を作るのは、これまで舞台を引っ張ってきたバニラではなくチロルの役目。


 バニラの支えなしでチロルがどこまでやれるのかが、この舞台の出来そのものに直結するだろう。それ程までにラストシーンの比重は大きい。


 借り物のモネットであればきっと不十分だった。

 だが、今の彼女が演じるモネットならば……。


 期待と不安を抱えてイルサが視線を迎えるその先で、物語はいよいよ大詰めを迎えて行った。





 モネットからの愛の告白によりシオンの中で少しずつ感情の変化が訪れる。そしてそんな彼の変化を象徴するように、幻想症候群ファンタジーシンドロームの症状が進行していった。


 物語の終盤。彼らは夢想人ファンタジアたちが身を寄せ合って暮らす集落に辿り着く。


 しかしそこにいたのはただの人間だった姿形が少々おかしなだけで、これまでに見てきた街と何も変わらない。人と人とが助け合い、時にいがみ合い。極々当たり前のように毎日を送っていた。

 普通の街と違うのは、それこそ暮らす人々の姿がおかしな事になっているだけ。


 シオンはそこで新たな結論を出す。

 幻想症候群は排除するべき病などでは無いのではないか。これはこの荒れた世界を生きるために人類が見つけ出した、新しい進化の形なのではないだろうかと。


「君は不幸なんかじゃなかった。もちろん、私もそうだ」


 その頃になるとシオンの体はすっかり変化してしまっていて、元の人間らしい姿は完全に失われていた。それでもこの旅の中でシオンは初めて、穏やかに笑う事が出来たのだ。


「そうだよ。翼が生えてもわたしはわたし。木みたいになっちゃったって、シオンさんはシオンさんだもの」


 柔らかな笑みを浮かべるシオンの隣には、モネットの笑みがあった。


 このまま物語が幕を引けば大団円なのだろうけれど、シオンの旅はまだ終わらない。

 彼は自分の旅の結果を故郷である城塞都市に持ち帰るつもりだと言い出したのだ。


「ダメだよ、今の貴方は夢想人なのよ! そんな事をしたら……ッ」


 それまでとは一転、モネットはシオンの帰還に反対をした。


 今の彼が城塞都市に戻ったところでろくに話を聞いて貰うことも出来ずに殺されるのがオチだろう。愛する人を失いたくない一心でシオンを引き留めるモネットだが、全てを分かった上でこれからの世界を変える為に、人々の意識を変えるため。己の手記を、これからの事を託す事が出来る友人の元に届けたいと言うのが彼の願いだった。


「それは誰なの……? どうして手記を渡しただけでこれからの事を託せるなんて思えるの……?」

「……私の幼馴染で、想い人の恋人だ」


 信用出来る男なんだよと彼は言った。その言葉と同時にモネットは全てを察せざるを得なくなる。

 彼はまだ死んでしまった想い人を愛しているのだ。

 決して手が届くこともなく、自分の幼馴染を愛したその女性を今でも思い続けているのだ。


 想い人が愛した人。自分にとってもかけがえの無い友。だからこそこの旅で得たものを託すに値すると彼は判断した。

 シオンの判断に、モネットもまた決意をするしかなかった。


「それなら、わたしも行く。貴方と一緒にシンジュクへ向かうわ」


 モネットの同行をシオンは拒絶した。自分が言えた事では無いけれど、城塞都市に夢想人が向かえば何をされるか分かったものじゃない。


 シオンが愛した人は別にいる。だがそれでも彼にとってモネットが大事な人である事実が覆ることも無い。

 シオンからの猛反対を押し切ってモネットは言った。彼女もまた愛する人のため、その身を捧げる覚悟を決めていたのだ。


「わたしの羽根なら城壁を飛び越えていける。もし貴方がその人に手記を渡せないような状況になってしまったら、わたしが貴方の代わりに手記を届けるわ」


 だから連れて行って。

 モネットの意思は固く、とてもシオンが個人の采配で覆せる様なものではなかった。

 そうして二人は城塞都市シンジュクに戻る決意をする。

 彼がこれまでの旅路の中で導き出した答えを、後世に伝えてもらうために、最後の旅に出るのだった。



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