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3-22 零れる本音


 舞台に慣れているバニラならば咄嗟にエチュードで返す事が出来るのかもしれないが、これが初舞台のチロルにそんな力量ある訳がない。

 先程からいつものフランの動きを真似て何とか形にするのがやっとだったと言うのに、ここに来て突然のアドリブにどう対処しろと言うのだろうか。


(何考えてんだよ馬鹿兄貴!)


 どうしてここに来て今までチロルが何とか積み上げて来たものを壊してしまうんだ。そんな憤りが彼女の中に芽生える。

 舞台はハリボテ。嘘を本物のように見せかける事で束の間の幻想を観客に見せるもの。

 チロルが『モネット』で無くなってしまったら、彼らに掛けられた魔法は意図も容易く解けてしまうだろう。


 バニラの言った台詞は台本に書かれていたものと似たような台詞ではあるものの、まるで意味が異なっている。


 本来ならばここは「どうして」と言動を咎められる事で差別を見ないようにしていたモネットの心の奥底に沈んでいた恐怖が表に出てくるシーンだ。それでもその悍ましい暗闇の先で貴方に出会えたからとモネットがそっとシオンを抱き締める筈なのに……。


(どうなんだって言われてもなんだけど⁉︎)


 チロルが言葉を詰まらせていると、そこにバニラが更に台詞を畳み掛けてくる。助け舟なのか、それとも追い討ちなのか。


「良いから答えろ、お前はその体で過ごして何を感じた! この体で生きている『私』を側で見てきて、何を思ったんだ!」


 困惑しながらシオンを見つめていたチロルだったものの、ふとある違和感に気がついた。

 彼がこちらを見てくる視線。それは本当にシオンのものなのだろうか。


「お前が不幸じゃないと言うのなら、一体誰がそうだって言えるんだよ!」


 そこに含まれているのは本来ある筈のシオンからモネットに向けられた苛立ちではない。


(バニラがこっちを見てくる……もしかしてこの言葉はもしかして、バニラのもの……?)


 シオンからモネットにではなく。

 バニラからチロルへ向けられた言葉。

 ここは舞台の上で、そこに立っているのはシオンである筈なのに、チロルの目には彼が自分の兄に見えてならなかった。


「『私』は……っ」


 演じる事を辞めた訳では無いけれど、それでも言葉を絞り出す。自分の心の中にある筈の本心を探した。


(人間の体で獣人達と過ごしてきて……?)


 モネットは差別がこの世界にないかのように明るく振る舞っていた。それが彼女なりの心の防御策。モネットは暗い現実を心の奥底の箱にしまってこの世界にないものとして振る舞っていた。


 では自分はどうだろう。

 過剰な装飾で自分を偽って、まるで獣人に見えるように仕立て上げていた。その行動はまるで差別から目を背けてきたモネットと同じなのではないだろうか。


 家族の中で自分だけが獣人になれないチロル。

 夢想人になってしまったが故に故郷を追われ、友人だと思っていた相手から石を投げられたモネット。


(ああ、そうか。モネットが抱えていた葛藤はこれか……!)


 それまではただフランの真似事をしていただけだったけれど、この時初めてチロルは自分の演じるモネットに血肉が通った感覚を得た。

 フランの演じるモネットを表面的にトレースしているだけでは分からなかった、モネットと言う一人の少女の輪郭がくっきりと見えてくる。


(演者によって同じ役でもキャラクターは大きく変化する。それは役者が自分の中身を役に引き出されるから。フランを通したモネットと、ボクが演じるモネットは本来、別物でなくちゃ行けなかったんだ……!)


 それなら今ここで求められてる答えは、心の深いところに隠していた恐怖心を語るのではなく……。


「羨ましかったわよ……ッ!」


 自然と言葉が口から零れた。考える必要は無い。ありのまま、思っていた事をモネットの言葉として叫べば良い。


「どうしてわたしだけって、ずっと思ってた。なんでわたしだけ皆んなと一緒になれないのって。体がちょっと周りと違うってだけで、一人にならなくちゃいけないのって、ずっと思ってた……!」


 それは決してチロルの言葉ではないけれど、彼女の気持ちが織り込まれていて。

 家族の前でも晒した事がない、本当の気持ちを口に出すと途端に涙が溢れてくる。


「こんな翼、本当は要らなかったわ……!」

 自分だって、しっぽが欲しかった。


 獣人になりたかった。そこに深い意味はなくて、ただ皆んなと同じになりたかっただけなんだ。

 彼らが抱えている苦悩は知っていたけれど、自分だけそれがない状況だって、本当は疎外感を感じてしまって悲しかった。輪の中に入りたかった。


「『でもこの翼がなかったらきっと、貴方にも出会えなかった。翼のあるわたしを当たり前のように受け入れてくれた……そんな優しい貴方に出会えた事までを、わたしは自分で否定してしまいたくない……ッ』」


 シルクスではない自分なんて想像もつかない。

 獣人にはなれなかったけれど、今の家族達と共に生きる環境そのものを呪った事は一度だってなかった。


 チロルは獣人にはなれない。

 それでもこの体でなければ彼らと出会えなかったと言うのなら、チロルは人間である自分だって否定したくは無かった。


「『好き、好きなの……わたし、シオンさんが好き……!』」


 今溢れてくる涙は何なのだろうか。


 チロルにはまだ恋だとか愛だとかそう言うものは分からない。だから貴方に会えたことを否定したくないと、自分の恋心のために泣くモネットの本当の気持ちは分からなかった。


 ただそれを家族への感情に置き換えて仕舞えば自然と涙は溢れた。

 恋慕でなくても、この感情は紛れもなく愛だった。


「『だからお願い。貴方に他に想う人がいても構わないから、貴方を愛したわたしを不幸なんて言わないで……!』」


 家族が好きだ。皆んなの事が大好きだ。

 父が願いを託した、このシルクスを愛してる。

 そこにいる自分が可哀想だったとしても、決して不幸なんかじゃない。

 そんな感情が溢れて、涙となって彼女の頬を伝っていた。




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